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  福岡海星女子学院高等学校 福岡海星女子学院附属小学校 福岡海星女子学院マリア幼稚園  

【小学校の校長室から】第20号 平成22年2月15日 副校長 高木 義則

「 い い と こ 」 捜 し

今年から新しく始めている取組の一つに、全校朝礼の際の「善行者」の発表があります。年度初め生徒指導の先生から提案があり、毎週取り組んでいることですが、少しずつ定着し、発表する子が多くなってきています。そのねらいは自分の身の回りの人を「いいとこ捜し」の視点でみることです。発表の内容も友だちのこと先生のことと、少しずつ広がってきています。先生の善行の発表は予想外でしたが、子ども達の目が自然に先生へも向かい、より広い感謝の心につながるならこれも素敵なことです。
今日の朝礼では、5年生から清掃を手伝ってもらった喜び、1年生からは先生に優しく「ありがとう」といってもらった嬉しさの発表がありました。私もこれまでに「いつもお花を植えてくれて」「いつも正門で挨拶してくれて」など褒めてもらって、ちょっとくすぐったい気分でした。
 こんな「いいとこ捜し・よかった捜し」で思い出すのが、「少女パレアナ」の物語です。子どもの頃、女の子と遊ぶと皆からからかわれていた世代の私が、表紙の絵もいかにも少女文学と思えるこの本をどういう訳で手にし、読もうとしたのか、今はもう思い出すことはできません。ただ、この物語を読み、感動し思わず涙したことは覚えています。当時学生だった私は、数人の人から「あなたは真面目だが、暗い、明るさがたりない。」と指摘され、ちょっと悩んでいた時期でした。そんな時期のこの「パレアナ」との出会いは、まさに頭をガツンと叩かれた感じでした。それがきっかけで、「明るく、生き生きと、笑顔で」生きることを目指してきたように思います。それから、40年たって、どれ

だけの成果があったのか、自分ではわかりませんし、自信もありませんが、プラス思考で生きようと考えた出発点であったと今も思っています。
 このパレアナは幼くして両親を亡くし、叔母の家に預けられます。この叔母さんが、ある原因で人間不信となっていて、パレアナにもとてもつらくあたります。しかし、パレアナはなくなった父親(確か牧師様だった)から教えられた「喜びの遊び」ともいわれる「いいこと捜し・よかった捜し」を始めます。この遊びが広まることにより、周りの人々を幸せにし、最後はかたくなだった叔母の心をも開きます。その叔母によって、絶望のどん底にあり「喜びもよかった」も見いだせなくなっていたパレアナ自身が救われるという筋でした。まさに幸せの連鎖のお話です。
 現代は、残念ながらパレアナの想いとは逆に不幸の連鎖の時代のように思えてなりません。多くの人が自身を不幸と思い、その原因を他に求めます。他人の欠点、ミスを強調し、自身を正当化します。勿論、これは極論で、そうでない方もたくさんいるのでしょうが。そういう人々が見えにくい不幸な時代のように思えてなりません。
 担任を外れていた教務や教頭の時代、時々欠席や出張した先生の代わりに帰りの会の指導に入りました。その折、子ども達同士が「○○さんは、こんなことをしました。あやまってください。」を延々と続ける、そんなクラスに出会うことがありました。実は、私はこういった取組が好きではありません。私が担任をした時は、まったく逆の取組を帰りの会で行っていました。子ども達が見つけた「学級の宝・いいとこ」を発表させ、それを個人、班、学級にかかわることの三つに分け、学級の壁に掲示していました。これも、きっとパレアナの影響だったのでしょう。
 前述した、他人の欠点・ミスを捜す人が増えた原因が、学校での反省会にあるとしたらこんな悲しいことはありません。だからこそ、神の愛を教育の根底に据える本校では、「パレアナ」の想いを受け継ぎ、自分の身の回りにたくさんの「いいとこ」「よかった」を捜しあえる雰囲気を大切にしていきたいものです。  これからも。