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  福岡海星女子学院高等学校 福岡海星女子学院附属小学校 福岡海星女子学院マリア幼稚園  

【小学校-校長室から】世界中コロナ禍の中で

  校 長 山田 耕司
世界規模で蔓延する新型コロナウイルス事情をいくつか紹介いたしましょう。そこにはお国事情があります。
 ローマ・バチカンの日本人神父様の話
○ ローマ・バチカンにはカトリック教皇庁があることはご存知でしょう。ここは世界のカトリック教会の中心です。
イエスの教え(教義)を研究するグレゴリアン大学はイエズス会によって1551年に創設されました。神学・哲学・国際法などを学ぶ学生が130ヶ国1600人在籍してます。教員の殆どはイエズス会の神父・修道者です。その内20ヶ国65人が大学付属修道院で共同生活をしてます。イタリアでは感染者24万人、死亡者34000人(6月末現在)を数えました。63日間の都市封鎖が行われました。勿論大学も閉鎖、修道院には禁足令が出ました。修道院で働く職員が通勤できなくなりました。そして修道士による自給自足生活が始まりました。
〇 北イタリアでは医療崩壊で病院がパンクしました。仕方なく若者優先の治療処置がとられました。老人がベッドを譲りました。まるで戦場に準ずる措置です。フランシスコ教皇の発する「すべてのいのちを慈しむ」「傷つきやすい人に寄り添う」のメッセージがコロナ禍でもずっと響いています。
 フランスの話
〇 フランスでは医療崩壊は起こりませんでした。患者の多い地域から比較的穏やかな地域へ特別列車やヘリコプターで重症患者が移送されました。国境を越えてより近いドイツやスイスに移送された例もあります。疑心暗鬼のパニックはあっても病人や感染者を共同体から排除する習慣がないのです。勿論、コロナ禍で奮闘する医療従事者や社会福祉施設で働く本人や家族が忌避されることはありません。この国で7月下旬マスク着用義務化が始まりました。
 ロンドンの話
〇 孫娘が通うのはロンドン郊外の森の中にあるカトリックの小学校Our Lady primary School(聖母マリア小学校)です。多民族の子どもたちが通います。校地も運動場もさほど広くなく小規模ですが、先生方の手がよく届く教育を旨とする学校です。授業料も比較的安く人種に対する差別や蔑視も少ない学校です。一人ひとりを大切にするには多くの力が必要です。そこでは保護者の協力体制も非常に豊かです。学年のはじめに校長先生と保護者一人ひとりがボランティアの約束をします。「私は2週間、先生の授業のお手伝いをします」(要個別指導グループの支援)。先生との交わりがさらに深くなります。「ミセス山田なぜマスクをしているの?」「花粉症だから」(コロナの予防とは言えません)「顔を隠すことは顔を見られるとまずい何かがあることよね」「日本人はなぜマスクに抵抗がないの?」「暑苦しいし息苦しいでしょう。」「口元が見えないと何をしゃべているか何を考えているかわかるのは難しいよ」。「そのマスクどうやって手に入れたの?」(祖母が大量に送ってくれました)
親子3人でマスクをして買い物をしていますと奇異の視線が注がれます。    「でも私たち花粉症なの」
 海星小学校の話
○「熊本大雨洪水災害の支援に行った四国の市役所の人がコロナにかかっていたんでうつしたかもしれません。市役所の人がおわびをしていました。せっかくいいことをしているのにごめんなさいと謝っています。かわいそうです。」
「コロナのためにボランティアの人が熊本へ行けません。ボランティアの人が集まりません。災害の片づけができません。人吉の人がとても困っていました。」子どもたちが作文に書いています。子どもたちは毎日みんなでお祈りをしています。アベイア司教様(6月22日ご来校)が呼びかけられた災害募金に児童会運営委員会が中心になって参加しています。
 よきサマリア人の法
○訴訟社会である欧米には万が一に善意の実行者を守る
「よきサマリア人の法」があります。よく目にするのは、目の前の「病人」を介助したり救助したりしなくてはならないという「伝統」です。ヨーロッパ・地中海の古代社会では、疫病が前世の報いや現世の行いへの天罰と解釈されていました。それを打ち消したのがキリスト教です。聖書に明快なのが「よきサマリア人のたとえ」(ルカ福音書10・30-35)です。イエスは弱者に寄り添うこと「隣人を愛する」ことが救いの条件であると説きました。その「伝統」はどんな時代も乗り越えて今に生きています。好例であるマザーテレサの姿は日本にも及びました。むしろフランスでは危険な目に遭っている人を助けないことは処罰の対象なのだそうです。
私たちもコロナ対策につとめ酷暑の夏を乗り切りましょう。