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  福岡海星女子学院高等学校 福岡海星女子学院附属小学校 福岡海星女子学院マリア幼稚園  

【小学校の校長室から】さあ、2学期の始まりです


さあ、2学期の始まりです
         校長 山田 耕司
○ みなさん、夏休みの体験は如何でしたか。
私は夏になりますと家族で湯布院の湯布高原で1週間程度の時間を過ごします。福岡市より5℃程度気温が低いのが快適です。鹿の家族が訪れるのを待ったり、町のプールで泳いだり、ひぐらしのカナカナ声に耳を傾けて読書をしたりとゆっくりと過ごします。
湯布院の金鱗湖畔に由布岳を背景に緑に囲まれたお店があります。2階は喫茶で階下は食事処と土産店になっています。終日グレゴリオ聖歌が流れています。大学生の頃から50年程お気に入りで通っています。
ある時店主にグレゴリオ聖歌を流す由縁をお聞きしました。近くにあるトラピスト修道院での体験やコンサートの話をされました。訪れる内外の観光客がこの聖歌に癒されます。
○ レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』(ミラノ・ドミニコ修道院の壁画テンペラ画)をご存知でしょう。ヨハネによる福音書13章21節にある「12人の弟子の中の一人が私を裏切る」とキリストが予言した時の情景です。そして、裏切り者ユダが出て行った後「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美をささげてこれを手で分け、弟子たちに与えて仰せになった。『取って食べなさい。これはわたしの体である』。また杯を取り、感謝をささげ、彼らに与えて、言われた。『皆、この杯から飲みなさい。これはわたしの血であり、多くの人に罪のゆるしを得させるために流される、契約の血である。』」(マタイ26・26-28) このキリストの教えを記念してミサが2000年後の現在も行われています。本校の子ども達も年に2回全員でミサに与ります。最後の晩餐の後、キリストの受難が実現するために「一同は賛歌を歌ってから、オリーブ山へ出かけて行った」(マタイ26・30)と聖書に記されています。これらのことから、初代教会期からミサでは聖歌が歌われてきました。
6世紀末、ミサや集会で歌い継がれてきた聖歌が集約され、グレゴリオ1世による「グレゴリオ聖歌」が出来上がります。
旧約聖書に神への賛歌として「詩篇」があります。キリスト教(カトリック・東方教会・英国国教会・プロテスタント諸派)では、詩篇は度々歌唱されるものです。詩篇はさまざまな音楽家によって作曲され、多彩な音楽的表現を生み、西洋音楽発展の土壌ともなりました。
詩篇を歌いながら人々は苦悩・不安・不満・忍耐・嘲笑・侮蔑・願望・感謝を神に訴え回心していきます。
回心は自分の規範意識を神(キリスト)の教えに移し生き方を改めていくことになります。
○ 8月19日、合唱部が「NHK合唱コンクール」録音(台風8号のため8月6日市民会館での発表が中止)の前に、フランシスコホールで練習の成果を披露してくれました。その透き通ったハーモニーは祈りの環境の中で育まれた福岡海星小学校にしかないものです。音楽専科の2名の先生による指導で、子ども達のやる気・根気・音楽性が引き出され見事な合唱になりました。合唱部は4年生以上の部員20数名で構成されていますから児童の1/10が参加していることになります。
海星小学校では毎朝、各教室から子ども達の歌声が響いてきます。聖歌は祈りそのものです。その歌詞の一つひとつに耳を傾けながら私も共に祈っております。
○ 11月24日、来日されるフランシスコ教皇が長崎でミサを捧げられると聞きました。カトリック学校としてこの機会に共に神のお恵みに与りたいと願います。
教皇はどのようなメッセージを発せられるのでしょう。
「地球環境」の疲弊化にはすべての人々が危惧しています。解剖学者養老孟司氏は、「今や世界の人口の8割が都市に暮らしているといわれる異常な状況です。子ども達の行く末を考えた時、田舎で暮らそう、自然に帰ろう。」「河原の石や枯れた木や虫たち。田舎には意味のないものがいっぱいある。自然が感覚を鍛えてくれる。それがいいんです。」と言い続けておられます。海星の恵まれた環境を十分に生かして楽しい2学期を子ども達と共に歩んでまいりましょう。