FC2ブログ
  福岡海星女子学院高等学校 福岡海星女子学院附属小学校 福岡海星女子学院マリア幼稚園  

【小学校の校長室から】キリストの断食と節制 校長 山田 耕司

○ キリスト教会の暦の中で、「四旬節」と言うのがあります。キリストは宣教生活3年間の最後に十字架にかけられ死し3日後に復活します。この復活の日(イースター・今年は4月1日)に先立つ40日間を四旬節(旬は10日の意・今年は2月14日~3月31日)と言います。 古来からイースターは、教会ではクリスマスに勝る最大の祝日です。
キリストは洗礼者ヨハネからヨルダン川で洗礼を受けた後、40日間悪霊にひかれて荒野を彷徨います。この間キリストは節制のために40日間断食し祈り続けます。このことに由来して復活祭前の40日間断食をする習慣が生まれました。かつて教会に入信する多くの人は復活前夜に洗礼を受けました。その準備の期間として四旬節に節制した生活を送りました。これに倣って今でも信者は四旬節は一部断食をし節制した生活を送ります。

○ 教会は信徒に四旬節は「償いの期間」として特に節制をするように導きます。
 S社から再びロボット犬が売り出されました。自動車のロボット化競争が激しさを増しています。技術の発展と人間の欲望が相互に刺激し合いながら先へ先へと進む時代です。大量生産・大量消費そして大量廃棄のサイクル化がこの発展を支えています。

○ 人間がつくりだす技術や科学は発展しますが、その基盤である地球は発展することはありません。むしろ地球環境破壊は進みます。福島の原発事故の回復は期待できません。何十年経っても元の自然に戻ることはありません。「節制」。新版の広辞苑第七版によりますと、節制=①度をこさないようにほどよくすること。ひかえめにすること。②規律正しく、行動に節度があること。放縦に流れないように欲望を理性によって統御すること。とあります。カトリックの教会では、「節制の徳」を教えます。「節制の徳」は、快楽の誘惑を抑制させ、物を使用するときにはバランス感覚を働かせます。節度のない人は、衝動に支配されるままになり、度を越した欲望で他者を傷つけ、自分自身にも害を及ぼします。聖書の中の「節度」や「思慮分別」と言う言葉が「節制」を意味しています。

○ 福岡海星女子学院の設立母体「マリアの宣教者フランシスコ修道会」のSr.岡野真弓のお話です。
シスター岡野は内科医です。10年ほどパキスタンの病院で貧しい人々の医療に勤めておられました。修道会からパキスタンに派遣されるとき、持って行けるものは修道会の規則で20Kgのスーツケースと6Kgの手荷物だけでした。帰国するときには大きなダンボール箱数個に増えていました。悩みながら選び抜いたものをスーツケースに詰め込んでいるときに、「今、詰め込んでいるものさえ、なくてもいいのだ」と一条の光が射しました。その時感じた心の軽さは例えようもなく快かったそうです。
「10年の間、心身こめてやってきた病院の仕事も、知り合った人々も、この場を離れてしまえば遠くなる。もう会うこともないだろう。寂しくないと言えばうそになる。私なしで仕事が廻るのだろうか?などという心配はしなくていいのだ。私が来る前にも病院はあったし、これからも続いていくに違いないのだ。」
「結果は招いてくださった神様が知っているので、それでいい。」

○ 仕事に執着しない。業績にこだわらない。人との交流に執着しない。シスターが示す「節制」(清貧)の姿です。修道生活では「貞潔」「従順」と共に「清貧」の請願を立てます。これは単なる物質的な貧しさではなくて、心の貧しさ、神の前での謙虚さのことです。
そう言えば、小学校で勤められていたシスター島村もシスター入江校長もトランク1つで次の任地(北海道や東京)に向かわれました。
私もシスターに学びたいと思います。肉も多すぎると自分でコントロールできません。荷物も多すぎると運搬や管理整理に苦労します。人に執着しすぎると正義を失います。快い心の軽さを感じたいと願います。