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  福岡海星女子学院高等学校 福岡海星女子学院附属小学校 福岡海星女子学院マリア幼稚園  

【小学校の校長室から】第21号 平成21年3月3日 校長 入江 純子

はこべの花が咲きました

 春一番の突風が吹いて、空気が和らいでまいりました。今日、校庭の片隅にはこべの花を見つけました。5月、マリアさまの月に「ちさい花、はこべの花、お母さんの花、野原にそっと咲いて、いつも私を見てる花、ちさい花、はこべの花、お母さんの花」と母の日に歌います。「清らにそっと咲いていつも優しくえまう花」と歌う声に、お母さんの姿と合わせてどんな花を思い描きながら優しい声を出しているのかなと、はこべの花を探しに土手をまわりました。残念ながら花の時期ではありませんでした。2年後の今朝足元に見つけましが、子どもたちの歌う時ではありませんでした。
時を待って咲く花。時に適ってうたう歌。時がずれてしまいますが問題は自分をどちらの側において物事を見ていきますかということでしょう。自然の時でしょうか、それとも自分の時でしょうか。今この世紀に宇宙の小さな星の上で生かされてあることの立場を謙虚に見つめる時、自分のぶれない軸をどこに位置させたらよいのでしょうか。自然現象を人間の思惑とは別に、素直な目でまっすぐ見ようとされていた京都大学名誉教授 故満田久輝先生は「自然の側に立った」謙虚な研究態度を一貫して崩すことのなかった方と評されています。先生の視点は研究する人間の側にあるのではなく、研究される自然(植物)の側に置かれていました。

       人よ、何が善であり
       主が何をお前に求めておられるかは
       お前に告げられている。
       正義を行い、慈しみを愛し
       へりくだって神と共に歩むこと、これである。  (ミカ書 6)

造り主の想いに身を委託する時、私の固有の存在に告げられることばを聴くことができるように思います。「ガイヤの森」に今日もいのちの営みが響きます。