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  福岡海星女子学院高等学校 福岡海星女子学院附属小学校 福岡海星女子学院マリア幼稚園  

【小学校の校長室から】クリスマスの準備 アドベント 校長 山田 耕司

クリスマスの準備 アドベント

○11月13日夕、JR博多駅前広場でクリスマスのイルミネーション点灯式が行われました。MCの「メリークリスマス」がテレビの画面を突き破ります。参加者の笑顔を見ながら「もうそんな季節が到来したんだ」と市民は感じられているのでしょう。
 クリスマスは、ラテン語の「キリストのミサ」に語源をもちます。英語圏以外では、もう一つの語源「誕生」が一般的です。ラテン語で「ナタリス」、イタリア語で「ナターレ」フランス語では「ノエル」です。

○因みに長崎県南島原市では、12月5日(土)に「フェイスビスタ ナタリス2015」を行うそうです。このイベントでは「ナタリス」を使用しています。
 400年前、島原半島有馬のセミナリオ(神学校)で、日本最初の西洋文化に出会った4人の少年は遣欧使節としてローマを訪れます。このセミナリオで、少年たちもクリスマスを祝いました。ラテン語が授業の正課でしたからクリスマスは当時「ナタリス」と言いました。このイベントは当時を再現するそうです。修学旅行で訪れた6年生には特に興味深いですね。

○ヨーロッパでは、クリスマス前の4週間「アドベント」(キリストの誕生を待つ季節)が大切にされます。街の市庁舎前広場には、マルシェ・ド・ノエル(クリスマス市)が開かれます。ここでは食品から装飾品、ツリー、プレゼント等すべてのクリスマス用品が販売されます。泊りがけで買い物に来る村の人々もおります。教会では聖劇や合唱の練習があります。家庭では、遠方からの親族を迎える準備(部屋やベッド・食事・飾付等)に追われます。
 丁度日本に暮らす人々が、お正月を迎えるのに似ています。それらの中で最も大切なのが、キリストを迎える「心の準備」です。4週間かけて行うのです。
(今年は、明日29日よりアドベントが始まります)

○キリストが誕生した時、東方の国から3人の博士が贈り物を持って訪ねて来たことが聖書に記されています。贈り物が黄金・乳香・没薬の3つでしたから伝統的に3人の博士とされていましたが、実は4人目の博士の物語があるのです。ご紹介いたしましょう。

○4人目の博士、その男の人の名はアルタバン。彼は全財産を売り払ってキリストへの贈り物にするために3つの宝石を手に入れます。サファイア・ルビー・真珠です。
 アルタバンは、3人の博士との約束の集合場所に向かう途中、ある村で重い病気にかかった人に出会います。彼は、そのまま通り過ぎることができません。応急手当をし、十分な食料とお金を与えます。笑顔になったその人を残し約束の場所に到着しますが、3人はすでに砂漠に旅立った後でした。食料もお金も使い果たしたアルタバンは、仕方なくサファイアを売ってらくだを買い、後を追いかけます。

○3日遅れてベツレヘムに着いたアルタバンは、一人の母親からこの3日間の不思議な出来事を聞きます。
その出来事の主、家畜小屋で生まれた赤ちゃんと両親は、すでにエジプトへ発った後でした。
 その時、ヘロデ王の命令「2歳以下の赤子を皆殺しにせよ」を受けた兵隊たちがその家にもやって来ます。恐怖におののく母親と赤子を隠し、アルタバンは「ここには誰もいない」と隊長にルビーを差し出しました。隊長はルビーをひったくると次の家へと立ち去って行きました。こうして一人の赤ちゃんの命が救われました。
 アルタバンは、エジプトへと道を急ぎましたが、救い主の家族を、とうとう発見することはできませんでした。
○いつしか33年の月日が経ちました。アルタバンは年老いていました。エルサレムの街角に立っていました。その時、民衆の声を聞きます。

「ナザレのイエスが処刑されるぞ」

「自分を神の子だと称したあの男か」。

それを耳にしたアルタバンは、自分が一生旅をして探していたお方は、この方だと悟ります。
 最後の宝石、真珠を手に処刑場に向かいます。この真珠でイエスが処刑から救われるかもしれないと期待したからです。     しかし、丁度そこに若い娘が引きずられていく所に出会いました。娘と目が合いました。娘は必死に救けを求めました。

「お助けください。父は死に、私は父の借金のかたに奴隷に売られていく所です。」
 
 迷いながらもアルタバンは、最後の宝石、真珠を布袋から取り出しました。

「さあ、これをあなたの身の代金としてあげよう」
 
 その時、空を闇がおおい、稲妻が走り、大きな揺れが大地を襲います。娘を捕えようとしていた者たちは、恐れて蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。屋根瓦が何枚も何枚も落ちてきてアルタバンの額を割ります。娘がアルタバンを抱き起すと、どこからか美しい声が響いてきました。
 その声にアルタバンは答えます。

「いいえ、主よ。私は33年間あなたを探し求めましたが、一度もあなたにお会いできませんでした。
あなたのお役に立ったこともありませんでした。」 
 
 すると、またあの美しい声が聞こえてきました。

「はっきり言っておく。私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのである」(マタイ25・40)

アルタバンの顔は笑みに輝き、安らかに息を引き取りました。

○救い主イエス・キリストを探し求めていたアルタバンは、ずっと以前からイエスに出会っていました。
 はじめは瀕死の病人の姿で、二度目は殺されようとした赤ん坊の姿で、三度目は売られていく娘の姿で。
 神様にとって、そのような「小さい者」にしたことは、自分にしてくれたことと同じです。
 私たちもどこかでイエスに会っているのでしょう。アドベントは、意識して「小さい者」に愛の贈り物を捧げる期間にしたいものです。
 そして、最も素晴らしい贈り物を神様が人間にくださったクリスマスを迎えましょう。