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  福岡海星女子学院高等学校 福岡海星女子学院附属小学校 福岡海星女子学院マリア幼稚園  

【小学校の校長室から】第16号 平成20年12月12日 副校長 山田 耕司

クリスマスを前に

O 大分市の遊歩公園の中に「西洋医術発祥記念像」があります。ポルトガル人アルメイダが農民を診察している彫塑です。
11月24日に長崎市でペトロ岐部神父と187殉教者の列福式が行われ、私たち福岡海星からもシスター島村はじめ3名の方が出席され、その感動を伝えて下さいました。
1549年にフランシスコ・ザビエルが鹿児島にキリスト教をもたらしてから38年後の1587年に豊臣秀吉が、更に1614年に徳川家康が禁教令を出します。キリシタン迫害時代は300年間に渡って明治の初期まで続きます。貧しい農民たちが神の教えを守ることを貫いたために起きた迫害でした。その間5万人とも言われる殉教者が生まれました。
O アルメイダは、1552年(26歳)にゴア・マラッカ・マカオで巨万の富を築いた貿易商として来日しま す。日本で商売をする内にイエズス会の司祭と出会い、その進めで1556年に大分市に乳児院をつくります。当時の日本の貧しい人々が育てられないからと赤ん坊の命を抹殺したり、見殺しにしたりするのを見たからです。乳母を雇い、牛を飼い、そのミルクで赤ん坊を育てました。
自分の人生を深く考えていたアルメイダは、全財産をイエズス会に寄付して修道士になる道を選びます。1557年、大分に病院を開きます。これは日本で初めて西洋医術を行った病院になりました。彼はポルトガルの医師免許を持った医者でもありましたので、当時日本の社会で見捨てられていたハンセン病者の病棟も併設しました。最も貧しい小さな人々の命を救うために働きました。この病院を一緒に運営したのは「ミゼリコルディア組」という信徒の組織です。「ミゼリコルディア」はラテン語で「慈悲・いつくしみ」を意味します。彼は、日本人医師の養成にも努めました。こうして命が軽視される戦国時代に人々の心に深く響くメッセージが届けられました。
その後病院を日本人医師や「ミゼリコルディア組」に託し、アルメイダは宣教師として各地に赴きます。そこでも信徒の組織を大いにつくりました。彼が宣教し、教会の基礎を築いた場所は、島原半島・五島列島・長崎・天草でした。今日隠れキリシタンの地と呼ばれる所です。彼は、55歳で司祭(神父)に叙階され1583年(58歳)天草で帰天いたします。
O アルメイダが乳児院をつくったり、ハンセン病者の病院をつくったりした軌跡は、マリアの宣教者フランシスコ修道会(本校の経営母体)が1898年(明治31年)来日し熊本で始めた医療・福祉による宣教活動と重なります。
アルメイダやインドのコルカタ(カルカタ)で、見捨てられた小さな命の友となったマザー・テレサと同じように、188殉教者も神の教えを守りぬいた人たちでした。
11月24日、この188殉教者から現代の私たちにメッセージが届けられました。
クリスマスは神からのプレゼントです。キリストが誕生されたから、人々に見捨てられた小さな命がいつの時代にも救われます。そのために働く人がいます。あなたも働きませんか。如何ですか。
ご家族でよいクリスマス、そして神の恵み豊かな新年をお迎えください。
今年1年、本校に頂きました数々のご厚情に職員一同感謝いたします。