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  福岡海星女子学院高等学校 福岡海星女子学院附属小学校 福岡海星女子学院マリア幼稚園  

【小学校の校長室から】平成26年7月1日 校長 山田 耕司

困っている人々のために働く


○ 本校の子どもたちの中には、医療関係に将来の夢を託している人が目立ちます。
 そこで今月は、Kさんの生き方を紹介しましょう。Kさんは、私たちの修道会のシスター方(コンゴのSr佐野・マダガスカルのSr平間・南アフリカのSr内田)も支援を受けています「日本カトリック海外宣教者を支援する会」の世話役のおひとりです。

○「イエスの招き~途上国から刑務所へ~」

高校1年生の時、学校行事で「マザーテレサとその世界」というドキュメント映画を観て、途上国の困っている人々のために働きたいと思い、医師として中国やパキスタンの赴任も含め12年間国際保健の分野で働きました。その後、法務省の知人から誘われて、日本の刑務所で病気の受刑者の診療を行っています。刑務所で働く前、受刑者は、全身入れ墨で目つきが鋭いやくざのような人々をイメージしていました。中にはそのような人もいますが、多くはそのようなイメージとはかけ離れた弱々しい人々でした。
 
 平成24年末時点の日本の受刑者数は67,000人で、窃盗が最も多く、その主な動機は生活費の困窮です。高齢受刑者数は過去20年間で5.6倍に増加しており、受刑者の高齢化が急速に進んでいます。受刑者の約10%は精神障害(知的障害、精神疾患等)があり、他にも家族関係が疎遠で逮捕前は独居が多く、無職、低学歴などの背景を持っている受刑者が多いといわれています。彼らの背景から推測されることは、貧困と孤独、そして何らかの生きづらさを抱えていたということです。
 
 以前、50代の男性受刑者で、手術できない肝臓癌の患者がいました。彼には知的障害があり、自分の3ケタの受刑番号がどうしても覚えられません。彼は手術ができない肝臓癌ですが、癌に行く血管を詰まらせて、癌を小さくする治療が可能で、刑務所に入る前に何度かその治療を受けてきました。私はその治療を受けることを勧めました。しかし「その治療は辛くはないけど、治療を受けて生きて刑務所を出ても、社会で生きていく自信がないから、もう治療は受けなくていい」と彼は言いました。日を改めて2回治療を勧めましたが、結局、彼の意志は変わりませんでした。彼の家族に、病気の説明をするために連絡をとったのですが、家族は「今まで彼には散々迷惑をかけられてきました。もう連絡しないでください」と言ってきました。彼にとってこの世はとても生きづらい場所だったと思います。それから数か月後、彼は静かに息を引き取りました。亡くなった時、ベッドサイドにいたのは、私と看護師と刑務官の3人だけでした。
 
 マタイ福音書25章31節からの最後の裁きの箇所で、イエスは以下のように述べています。「さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、わたしが飢えていた時に食べさせ、のどが渇いていた時に飲ませ、旅をしていた時に宿を貸し、裸の時に着せ、病気の時に見舞い、牢にいた時に訪ねてくれたからだ。」
 
 イエスは、貧しい人や病人と同様に、罪びとや受刑者との関わりを大切にしようとしていました。イエスはマザーテレサの映画を通じて、私を途上国の困っている人々の支援に招き、そしてまた今は、受刑者と関わることに招いているような気がします。不思議なことに、働く場所は大きく違いますが、「困っている人々のために働く」ということでは、途上国で働いている時の気持ちと、刑務所で働いている時の気持ちはよく似ています。 (きずな No.127 より)

○ 私の父は、晩年、カトリック養護老人ホームの施設長をしたり、刑務所を訪れる教誨師の神父さまのお供をしたり、カトリック社会福祉グループ聖ビンセンシオ会の訪問活動をしたりしていました。刑務所では受刑者の方の話に耳を傾け、帰宅しますと家庭祭壇の前で何時間も祈り続けていました。母は、父に頼まれて幾人かの受刑者の方と文通をしていました。私は今も、亡父の背中を追いながら歩んでおります。