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  福岡海星女子学院高等学校 福岡海星女子学院附属小学校 福岡海星女子学院マリア幼稚園  

【小学校の校長室から】平成26年2月1日校長 山田 耕司

「ありがとう」
「ごめんなさい」


○ 昨年の7月下旬より約5ヶ月程、出産の為娘が年長児の長女Nを伴い里帰りをしていました。10月上旬にめでたく双子の女の子が無事誕生し、神さまに深く感謝いたしました。N・A・S三姉妹の誕生です。
太宰府の我が家から毎日大濠の幼稚園までの送迎は祖母の担当。その間運動会やクリスマス会もあり、私たちは種々の経験をしました。我が子の時には、何もかも余裕がなく、仕事に没頭する性格でしたから、子どもと共に過ごす時間や幼稚園や学校の行事に参加する機会はありませんでした。今回はじっくりと交わり観察する機会に恵まれました。勿論、教員・園長・校長等の経験をさせて頂いたことが大いに活かされました。こどもは体も心もぐんぐん成長します。
○ 母親が、子どもに教えしつけ、共に遊び喜び泣き、その日々を過ごす場面を継続的に見つめながら、父親が及びもつかない母性の素晴らしさを感じ、父親として人としての自らの不徳に気づかされ、そっと家内や我が母に感謝することがありました。
母親と祖母がいろいろな場面で幾度となくNに求めるのは、心からの「ありがとう」と「ごめんなさい」でした。幼子は大人の背中を見ています。

○ シスター島村に薦められて、雑誌中央公論1月号
の特集「誰のための宗教」を読みました。
 その中に「教皇フランシスコ インタビュ―」が掲載されています。(以下一部引用)
Q「ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ(教皇の本名)とは誰ですか」
P「どう言えば、より正しい定義であるか知りません。(少し沈黙して)私は罪人です。これがより正確な定義です。ただ単なる言葉の綾でも、文学的表現でもありません。私は罪人です。」
P「そう、私は少しずる賢いのです。どんな環境でも適当に振る舞う術を知っています。しかし、私は、少しナイーブであることも本当です。そう、総合して言えば、より深い心の底から起こってくることで、より真実と感じていることはこうです。主に見つめられ、私は罪人です。」
P「私は主から見つめられている者なのです。私のモットー“憐(アワ)れまれ、選ばれて”はいつも私にとって最も真実であると感じています。
P「枢機卿たちが私を教皇に選び、受諾するかどうかを私に尋ねた時に、私が言ったこと『私は罪人です。しかし主イエス・キリストのご慈悲と限りない忍耐に信頼し、悔い改めの心をもって受諾します。』と」

○ 「暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住
む者に光が射し込んだ。そのときから、イエスは、『悔い改めよ。天の国は近づいた』と言って、宣べ伝え始められた。」(マタイ福音書5・16-17)
イエスは、私たちに大切な心を教えて下さいます。こども達に、あなたは「ごめんなさい」「ありがとう」の気持ちを大切にしていますかと、一人ひとりにやさしく問われています。私たちは、他者から受けた傷はなかなか癒えません。許すのに時間がかかります。償いを要求します。教皇フランシスコが「私は罪人です」と教え下さったように、弱さをもつ私たちは、互いの支え合いや神の導きがないと生きていけません。

○ 聖書は、イエス・キリストからの福音です。人は何のためになぜ生きるのかを教えます。本校がめざす正しいことを知り正しいことを行う子どもの姿が、「福音」を具体化した「12歳のわたし ぼく」です。
このことを、日々の海星の生活で、こどもたちにじっくりとしっとりと心の奥深く染み込ませたいと願います。東京都知事選挙で国民の関心が高い諸課題は、次世代にも継続されます。一人ひとりが、厳しい判断と行動を求められます。こんな時代これからの時代だからこそ。心からの「ありがとう」と「ごめんなさい」が大切です。