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  福岡海星女子学院高等学校 福岡海星女子学院附属小学校 福岡海星女子学院マリア幼稚園  

【小学校の校長室から】平成25年2月1日 校長 山田 耕司

「わたし」、「神」


○ 大津の「いじめ」大阪の「部活の体罰」と子どもを巡る事件に、多くの人が心を痛めております。一方で、それは氷山の一角と述べる人もいます。一人の生徒が「死」を選択しなければならない状況にだんだんと追い込まれていった時の刻みを受け止めましたとき、多くの人は、居たたまれない悲痛感を共有します。

○ かつて、日本を訪れたマザーテレサは、その経済的繁栄と共存する「愛」の不十分な存在を警告されました。マザーが注目されたのは、「無関心な状況に置かれる人々」のことです。それは、孤独な高齢者であり、ネット社会で生きる若者であり、親に取り残された子どもたちでした。そして、日本の人々の問いに答えられました。 
○ And where do we begin ?
At home.
And how do we begin to love ?
By prayer.
By bringing prayer into your life.
For prayer always gives us.
A clean heart.
And a clean heart can see God.
 
○ 「そんなこともわからないの」。小学生の娘が算数の文章題を解くのに行き詰っている時、つい怒ってしまうことがあります。お稽古事にも通わせているのですが、上達してほしいとの願いのあまり、ついつい厳しくなってしまいます。自らの経験もあり、子どもには私以上にいい教育や教養を身につけさせたいと思うあまり、私の価値観を子どもの意思よりも尊重してしまいがちです。自分の価値観を優先してしまう行為は、他者に対しても学校の先生に対しても行ってしまいます。(主婦)
適切な場と適切な機会があり、子どもに受け止めたい欲求が存在する時、効果的な話す(しかる)と聴く(うけいれる)の関係が成立します。
これは、母親が自分の行為が何によってどのように形成されてきたのかを振り返る姿でもあります。

○ 新しい朝を迎えさせて下さった神よ
今日一日わたしを照らし、導いてください。
いつもほがらかに、すこやかに過ごせますように。    
物事がうまくいかないときでもほほえみを忘れず、  
いつも物事の明るい面を見、最悪のときにも、
感謝すべきものがあることを、悟らせてください。      
自分のしたいことばかりではなく、
あなたの望まれることを行い、
まわりの人たちのことを考えて生きる喜びを
見出させてください。   アーメン

これは本学院の高校生が毎朝唱える「朝の祈り」です。生徒は、「自分のしたいことばかりではなく、あなたの望まれることを行い、」と祈ります。
「いじめ」や「体罰」等生徒指導に関わる事例事案が注目を浴びるとき、子ども一人ひとりに求められる能力や態度が話題になります。それが「自己指導力」「自己コントロール力」「自尊感情」です。お気づきのようにこれらの力や態度が子どもに身につくためには本人の努力と共に「神の眼」が必要です。その「神の眼」を意識することを「祈り」の中で叶えることができます。祈りはご利益を受けるためのものだけではなく、いかにして神に近づくかの行為でもあります。
わが子と接する時、他者と接する時、わたし・子ども・ひと、そして神さまの視点があるといいですね。
○ 最後にもう一度、マザーテレサのことばです。
 どこから愛を始めたらいいのでしょうか。
それは家庭からです。
どのように愛し始めたらいいのでしょうか。
それは祈りによってです。
祈りを生活の中に取り入れることによってです。
祈りいつも私たちに清い心を与えてくれます。
そして、清い心は、神を見ることができるのです。
ご家族で一緒にお祈りを始めてみましょう。