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  福岡海星女子学院高等学校 福岡海星女子学院附属小学校 福岡海星女子学院マリア幼稚園  

【小学校の校長室から】第18号 平成24年1月19日 副校長 高木義則

秘 蔵 っ 子 た ち

             

 1月7日の土曜日の早朝、学院正門に向う私に子ども達は元気な「おはようございます」の声と、素敵な笑顔を送ってくれます。「いよいよ3学期が始まった」と嬉しく実感できるひとときです。始業式では、先に入場した子ども達の待つ姿、姿勢が良いことに気付き、早速褒めてあげました。実は、これには少し訳があります。それは・・・。
冬休みの間、私たち教師は様々な研修を行っています。その一つが松本先生の提案による「腰骨立て」の研修です。2学期の反省で学習中の子ども達の姿勢が悪くなっていることの改善策として打ち出したものです。この研修に先立ち、12月の初め、松本先生と二人である小学校を訪問しました。この腰骨立ての実践をし、大きな成果をあげている先生のご指導をいただくためです。その先生にとても親切に詳しくご指導いただきました。そして心に強く残った言葉がありました。「できても、すぐに崩れるのが子どもです。それが当り前です。ですから、これを叱る取組ではなく、褒める・認める取組にしてください。そうしていると、子ども達が自信を持ち、驚くことにその子達の学力まで向上してきました。」という言葉です。子ども達が自ら気付き、成長することを大切にしているこの先生に、同志を得たような気持ちになりました。
 より良い授業実現のための研修も冬休みに行いました。その中で「教師は、子ども達が自ら考え・気付くような仕組みつくり、しかけをすることが大切」との話を先生方にさせてもらいました。また、私の体育の授業実践の記録があるので3学期はそれを見て皆で研究して欲しい事も伝えました。それで、年末にそのビデオを捜し出し、それこそ20年ぶりに自身の授業実践を見直すこととなりました。
 それは、3年生の走り幅跳びの授業です。その方法は、最初の記録から子ども達個々の目標記録を設定し、その目標に対しての伸びを得点化し競うものです。砂場にたくさんのゴム紐を張り、個々の目標のゴム紐に向かって跳ばせるものでした。子ども達は元気いっぱいに挑戦してくれて    
 いましたが、仲間で喜び合う姿・教え合う姿が少ないことを私は不満に思っていました。また、グループのまとまりはあるのですが、学級全体としてのまとまりには不満がありました。そこでまず、その成功・失敗が一目で皆に分かるようにと砂場のゴム紐を一本にし、それぞれの目標に合わせて踏切り地点(踏切り板)を移動する方法を考えました。さらに、クラス全体のライバルとして私(教師)を位置づけました。この授業は私のねらい通り、私の予想以上の得点を出そうと、子ども達は本当に一生懸命に協力し、励まし合って時間にいっぱい活動しました。授業を見てくれた研究サークルの仲間からは、「こんな風にすれば、あまり楽しくない陸上運動も楽しくなるね。ねらい通りだったね。」との評価をもらいました。
 このビデオの最後に、終了の挨拶と同時に、嬉しそうに私に飛びつく小さな男の子の姿が映っていました。すぐに分かりました。私の秘蔵っ子のK君です。彼の勝気な顔、そして彼と過ごした1年の様々な場面が思い出されました。彼の事は、担任となってすぐ前任の先生から「とても、やんちゃで腕白です。大変ですよ、かわいいですけどね。」と引き継ぎを受けました。本当にその通りの子で、よく喧嘩もしましたし、頭の回転もよく、私の指示にも理屈で返すこともしばしばありました。でも、一緒に遊び、学習するうちに彼の素晴らしさが随所で見られるようになってきました。国語の授業の途中でチャイムが鳴った時、「もう中休みいらないから、もっと続けよう。」といった元気な顔も思い出します。私にとっては全ての子が秘蔵っ子とも言えますが、個性的な子ほど、直接かかわる時間も多くなり、その子のために様々な方策を考える時間も多くなります。40年近い私の教師生活の中でたくさんの秘蔵っ子達の顔が浮かんできますが、皆個性的で手のかかった子です。もしかすると、あの体育の授業もあのK君の事が念頭にあって様々な発想が生まれたのかもしれません。彼は今、どんな大人になっているのでしょうか。
 私の下の娘はとても気配りのできる優しい子です。でも、家庭ではその疲れが出て、いらいらすることの多い子でした。私がとても忙しい時代に小学生だった彼女は、あまり関わる時間のない父親に強い不満を持っていたようです。そこで、思い切って私の初めてのニュージーランドとの交流旅行に同行させました。5年生の時でした。家庭ではだらしない父親が、学校代表として活動する姿を見て考えたこともあったようです。また、異国でのホームスティを通して自分が一人では何もできないことにも気付いたようです。社会人となった彼女が何事でも自分でやろうと頑張る姿を見、私の事も尊敬してくれている様子(誤解かも?)を見るたび、あの5年生の旅の意義の大きさを感じます。
彼女もまた私の自慢の秘蔵っ子です。
これは、あたり前のことですね。