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  福岡海星女子学院高等学校 福岡海星女子学院附属小学校 福岡海星女子学院マリア幼稚園  

【小学校の校長室から】第9号 平成23年9月2日 校長 山田耕司

目 は 体 の 灯  
         
○ 2学期は1年で一番長い学校生活を送る学期です。自然の豊かな恵みと共に、こどもたちの成長が楽しみな季節、秋になりました。昨日の始業式で、ルカ福音書「目は体の灯」を元にお話(校長講話)をこどもたちにいたしました。福音書記者ルカは内科のお医者さんだったと言われます。そう思えばこのたとえも医者らしい視点から展開されています。        
  
 灯をともして、穴蔵の中や升(ます)の下に置く者はいない。入ってくる人たちに、光が見えるように燭台の上に置く。あなたの目は体の灯である。目が澄んでいるときには、からだ全体が明るいが、目が悪いときには、体も暗い。だから、あなたのうちにある光が、闇とならないように注意しなさい。もし、あなたのからだ全体が明るく、暗い部分が少しもなければ、ちょうど、灯がその輝きで、あなたを照らすときのように、あなたのからだ全体が明るいのである。(ルカ11・33~36)
○ 皆さんの目が澄んでいるときは、困っている人や困っているお友だちの顔がよく見えます。お母様のお話や先生のお話にもよく耳を傾けることができます。しかし、目がくもっていることきは、友だちの悪口をついつい言ってしまいます。目がくもっている同士がぶつかりますと、口喧嘩になってしまいます。マリアホールに立っていらっしゃいますマリア様の目をご覧なさい。「私の目をマリア様の目のようにしてください」と、毎日祈りましょう。そうすると、クラスの中はにこにこスマイルの顔ばかり。学校中がスマイルでいっぱいになります。楽しい2学期を過ごしましょう。ボクは吃音ドクターです。
○ 夏休みも終わりに近づいた頃、知人から一冊の本を薦められました。「ボクは吃音ドクターです。」と言うタイトルが目をひきました。そのまえがきから一部紹介いたしましょう。著者は大学病院勤務医K氏です。                       
○ 1999年3月、3度目の医学部受験の合格発表日。朝からあいにくの雨だったが、速達を待つのももどかしく、どうしても結果が知りたかった。一昨年、昨年の不合格で、医学部に合格するのは容易ではないことはわかっている。前年は予備校の模試でA判定だったものの、結果はダメだった。「この1年間、必死で勉強した。医学部に入ることさえできれば……」下関から博多まで2時間かけて、合格発表を見に行った。大学の掲示板前に着いたのは、発表の10時を少し過ぎていた。早くも「ばんざーい」という歓声の声が聞こえ、胴上げされている受験生もいた。 たくさんの人だかりをかきわけながら、「医学部」を探した。わたしの番号は「1114」。10年以上経つが、この受験番号だけは忘れていない。 (中略) あった?思わず自分の目を疑う。受験番号を見て、もう一度「1114」を確認する。「やったー。あったぞ!」心の中で何度も何度も叫んだ。でも胴上げされるのは恥ずかしく、静かにその場を抜け出した。医学部合格という自分が掲げた目標を達成できて正直にうれしかった。親に「合格したよ」、と電話越しに伝えると、とても喜んでくれ、実感は倍増した。しかし、医学部合格は始まりにすぎなかった。中学1年生のときに心に決め、誰にも言えなかった私の本当の目的を果たすための、やっとつかんだスタートだった。もしあなたが電話を取り、十数秒間も何も聞こえず鼻息だけだったら、「もしもし、もしもし、もしもし、もしもし」「イタズラ電話はやめてください!」と、電話を切ってしまうだろう。「き、き、き、き、き、き、Kです」私には最初の言葉を繰り返してしまう「どもり症」があるが、「どもり」は差別用語なため、現在ではこれは「連発性吃音」と呼ばれる。だが、社会全体が理解していない、いや吃音のある本人も理解できていない「吃音」がある。それはしゃべりたい言葉が言いたいタイミングで発声できず、喉に鍵をかけられてように声が出ない「難発性吃音」である。そう、あれは中学1年生の私が友達の家にかけた電話だった。 (後略)
○ K氏は、幼少時から吃音に悩み、電話も外出も嫌い、友達もできなかったそうです。誰にも相談できず、それなら「自分で治す方法を見つけよう」「どもっていても社会に必要とされる医師になりたい」と、猛勉強の末に医学部に入学します。そして、日本でただひとりの専門医になります。この本は、専門医から吃音を持っているこどもたちへのメッセージです。また、自らに与えられたハンディをばねとして、強い目的意識を持って生きる一人の人間の生き方のメッセージでもあります。
○ 本校のこどもたちの文集を読んでおりますと、将来の職業にふれた部分があります。目的をもって自分を高めていこうとする姿勢は尊いものです。等身大のあゆみ、メタ認知に立ったあゆみであることを願っております。そして、「マリア様の目をもつ」ことの喜びも味わって欲しいと思います。