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  福岡海星女子学院高等学校 福岡海星女子学院附属小学校 福岡海星女子学院マリア幼稚園  

【学校情報】2A生徒留学報告(ニュージーランド)

4月にはイースターがあるためイースターブレイクが5日ほどあり、その後2週間学校に行ってterm1が終了しました。term1が終わっての感想は、全てが初めてで、何もかも意味がわからず、戸惑ってばかりで人に聞いてそれを理解するだけで精一杯でした。毎日の授業ではたくさんの先生や友達に支えられながらなんとかついていけています。最初よりは耳もなれ、少しは余裕が出来たかのように思えます。ですが、知らない単語や文法は果てしなく、暇があれば沢山の情報を取り入れ、さらに日常会話の中で活用していきたいです。4月は私の誕生日があり、沢山の友達が祝ってくれました。ここでは、誕生日の子には友達が沢山の風船をくれ、それをもって一日中授業を受けるという風習があり、面白いなと思いました。そして、マオリのクラスでは、みんながマオリ語バージョンのHappybirthdayを歌ってくれました。嬉しかったです。

Term1が終わったということで、その後には約2週間のスクールホリデーが待っています。私のホストファミリーは7ヶ月の赤ちゃんがいて、ホストファザーは仕事で忙しく、あまり家族みんなで外出できる機会がないですが、赤ちゃんと遊んだりホストマザーと話したりなど、毎日とても充実していました。また、このホリデーの間にあるボランティアに参加しました。それは、小さな木を植えて、自然を守るという活動でした。そこでは高齢の方々15人ほどで作業していて、その方達の独特の英語を聞き取るのはほんとに難しくて何回pardon?と聞いたのか分からないぐらい聞き返しました。最終的にはそんな英語も聞き取れるようになりとてもいい経験だったと思います。
そして最後にオークランドに行きました。ニュージーランドで1番高い建物、スカイタワーにのぼったり、海を見に行ったり、水族館に行ったりしました。楽しかったです。
明日からまたTerm2が始まるので、気合いを入れて頑張ります!

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△誕生日

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△Ethan

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△オークランド

【学校情報】2A生徒留学報告(ニュージーランド)

ニュージーランドに来て約3ヶ月が経ちました。秋に入り、朝晩が夏に比べ冷え込むようになってきています。
4月に入ってホストチェンジがあり、なかなか落ち着かない留学生活に戸惑うこともありましたが、2週間のホリデーがあったので、ゆっくり過ごすことができました。
新しいホストファミリーは、ホストマザーと大学生の留学生が2人いる家庭です。

イースターでは、学校の授業でイースターエッグを作りました。また、先生からもイースターエッグのチョコを貰ったり、日本では体験できない貴重な体験ができ、とても楽しかったです。

先日、ホストマザーと友人とオークランドに行きました。オークランドでは、SkyTowerやKelly Tarlton’s Sea Life Aquarium(ケリータールトンズシーライフ水族館)に行きました。
SkyTowerはニュージーランドで1番大きなタワーで、タワーからは街全体を見下ろすことができ、とても綺麗でした。
Kelly Tarlton’s Sea Life Aquariumはニュージーランドで人気な水族館で、80種類以上の海洋生物を見ることができ、また地下につくられているため、非常に神秘的でした。

今月の中旬には、ボランティア活動にも参加しました。このボランティアは、育苗ポットに木の苗を植えていく作業で、会場には私を合わせて学生2人とお年寄りの方が約15名程参加していました。
沢山の方が日本についてや、現地での生活について話しかけて来てくださり、会話が弾みながら楽しく作業をすることができ、英語の勉強もしながら、ボランティア活動もすることができ、とても良い経験になりました。
残りの留学生活の間にもさまざまなボランティア活動に参加し、沢山の経験を積みたいです。

また、今月上旬には、HamiltonGardenやRoseGarden、HamiltonZooに行ったり、Bridal Veil Falls(滝)を見に行ったり沢山の場所を観光することができました。
ここに来て約3ヶ月、あっという間に過ぎてしまい、日々自分がこのままで良いのかと考えてしまう時があります。
日々自分の未熟さを実感させられ、その度にまだまだ頑張ろうという気持ちになります。
4月30日からTerm2が始まるので、1日1日を大切に過ごしていきたいと思います。

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▶︎授業で作ったイースターエッグ

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▶︎Auckland

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▶︎ボランティア

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▶︎Hamilton Zoo

【学校情報】2A生徒留学報告(カナダ)

カナダに来て3ヶ月が経ちました。まだ少し雪は残っていますが、ようやく春が来ました。日中20度を超える日もあり、とても過ごしやすいです。
最近では、授業の内容をほとんど理解することができるようになり、とても充実した日々をおくることが出来ています。

今月は各授業のプレゼンテーションやプロジェクトがとても多く、忙しい月でした。
プレゼンテーションの一つに、湿地についてのパワーポイントを15枚以上作成し、クラスで発表するというものがありました。日本ではあまり馴染みのない湿地ですが、カナダではとても大切にされています。高校の授業で必ずと言っていいほど湿地について学ぶそうです。すごく大変だったけれど、プレゼンが終わるとみんなからGood job!と言われ、ハイタッチをしてもらえて大きな達成感を味わうことが出来ました。
また、学校でJerseyDayというものが行われました。この日は、今月上旬にサスカチュワン州で起こったアイスホッケーのリトルリーグ選手の乗ったバスの事故を追悼するために、アイスホッケーのユニフォームを着て登校するという日です。この事故はカナダ国民に深い悲しみを与え、学校でも急遽集会が開かれました。同じ世代の子がたくさん亡くなっているのでとても胸が痛みました。

この1ヶ月で、すごく英語力が伸びたと自分でも実感することができています。この調子で一日一日を大切にし、来月からも頑張ります!

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1枚目△学校の前で
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2枚目△Jersey Day
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3枚目△フランスからの留学生と

【小学校の校長室から】シスター方がつくられた海星小学校 校長 山田 耕司

○ 本校の校友会誌「ひかり45号」は開校50周年記念誌として編纂されています。その巻頭言に嶋田理事長先生が、海星小学校のルーツに触れておられます。明治時代の文豪森鴎外の「小倉日記」に次のような記述があります。「田圃間を過ぎて本妙寺に至る。蓋ある車をとめて、銭を乞う廃人二、三をみる。既にして寺に近づけば乞食漸く多く、その中には癩人最も多し。寺は丘上にあり・・・(中略)。カトリック『フランチスカアネル』のフランス女子数人の経営に成る。医学あるものにあらずといえども、間間に薬を投ず。その功績堪えたるものあり。」
 これは中尾丸診療所(現熊本市西区島崎)で政府も見限った病人方の世話をする5人のシスター方の姿です。

○ 森鴎外は軍医としても高名な方で、ドイツに4年間留学し先進国の医療制度を学び、1899年~1902年の小倉勤務以外は首都圏の陸軍中枢で活躍しました。 小倉時代には西部方面の軍医統括責任者として各県各部隊の医療状況を巡察します。上記の記事は、1899年、熊本巡察の折に鴎外の目に留まった出来事でした。
 日本は発展途上の明治時代です。「廃人」とか「乞食」と称される人々が町には存在しました。その中で最も疎んじられたのが「癩人」(らい病患者)でした。
 生まれ故郷から追い出された人々は行き場を失い、全国を放浪するしかありませんでした。日本では昭和時代の中ごろまで「癩病(らいびょう)」ハンセン氏病は不治の病で伝染すると信じられていました。そのため政府の隔離政策が取られました。一般的に国民は映画「小島の春」や「砂の器」で知ることになります。

○ 「小倉日記」にある「フランチスカアネル」は「フランシスカン」のことで「フランシスコ会修道者」を意味します。そうです。私たち福岡海星小学校をつくられた「マリアの宣教者フランシスコ修道会」のことです。
 1897年、マリアの宣教者フランシスコ修道会(本部ローマ)創立者マリ・ド・ラ・パシオンは、長崎教区のクザン司教から、熊本・筑後地区で宣教活動に取り組んでいるコール神父(フランス人) のハンセン氏病事業に会員派遣の要請を受けました。この年はフランシスコ会が日本26聖人殉教者300年祭(1597-1897)を祝っておりました。創立者はこの要請を、その生き方を修道会が模範とする聖フランシスコ(12世紀のイタリア・アシジの聖人。イタリアでキリストの再来と尊敬されている)の愛の招きと受け止め、長い迫害(260年間続いた潜伏キリシタン時代)でフランシスコ会修道士が消えてしまった日本へ、多くの派遣希望者の中から5名の会員(シスター)を選び派遣しました。

○ 創立者から熊本修道院長への手紙(1898年7月)
 愛するコロンブ、あなたの心はきっと日本のハンセン病院のために高鳴りときめいていることでしょう!あなた自身が院長として派遣されることになりました。本会が信頼をこめてあなたに委ねるこの務めをよく果たしてくださることを期待しております。

 5人のシスターのことば
マリアのように「わたしは主のはしためです。
お言葉どうり、この身になりますように」(ルカ福音書1-38) の態度で愛によって全存在を奉献します。

○ 続いて1908年、7名のシスターが当時辺境と言われた北海道の開拓民救済と宣教のために札幌に派遣されます。伝染病・結核の隔離治療を行う天使病院を開設します。さらに1931年、東京の落合(現新宿区)に貧困者のための聖母病院を開設します。1951年、福岡修道院(現高宮)が創設され当地での活動が始まります。
 アシジの聖フランシスコを模範に、それぞれの時代に、社会で最も苦しんでいる人々に向けて活動をするのが、この修道会の特色です。そして、これらの精神の下に福岡海星小学校がつくられました。6歳~12歳の子育ち・子育ての時期に、それぞれの子どもたちに神さまから与えられた個の力と使命を、子ども自身が醸成する営みに、カトリックの学校として関わることに、神の恵みと豊かな幸せを感じます。