福岡海星女子学院高等学校 福岡海星女子学院附属小学校 福岡海星女子学院マリア幼稚園  

【小学校の校長室から】インターネットの危険性から子どもを守る 教頭 米倉信彦

○1月30日(火)に保護者講演会が行われました。「インターネットの危険性から子どもを守る」という演題で、子どもねっと会議所代表の井島信枝先生から講演をしていただきました。
 先生のお話の中に「会話の中で言葉(言語)によって伝わる内容は、全体の35%ほどしかない」というものがありました。
スマートフォンの普及により、ネットデビューが低年齢化している昨今、小・中・高生を中心にラインなどSNSでの人間関係のトラブルがよく起こっています。顔を突き合わせることなく、画面上で短い文章での会話のやり取りをしていれば、コミュニケーション能力のまだ未発達な子ども達では、十分な意思の疎通ができず、トラブルが起きてしまうのは当たり前のことですね。これは、大人でも同じで、ラインなどSNSにばかり頼っていると、うまく物事を伝えられないばかりか、大変な誤解を招いてしまいます。
 しかし、現代社会で生きていくには、このインターネットを使わないで過ごすことは不可能です。むしろ、上手に活用していかなくてはならないでしょう。海星の保護者の皆様は、インターネットには、青少年に有害な情報が多く流通していることを十分に認識し、自分の子どもが正しくインターネットを利用しているかを把握していただくとともに、発達段階に応じてインターネットを適切に活用する能力の習得の手助けをしていただかないといけません。
 井島先生は、もう一つ興味深いお話をされ、私は印象に残りました。「スマートフォンのゲームを毎日30分という約束を決めてしている子どもと、何も約束がなく自由にゲームさせている子どもの学力を比較すると、明らかに前者の学力が高い。」というのです。これは、時間が来たらゲームをやめるという自己自制力が身についているかどうかの違いであると考えられます。何でも「ダメ」と禁止するばかりではなく、子どもに自ら考えさせ、何が大切なのか、正しく選んだり自制したりする力を身につける教育が大切だということです。マタイ福音書の中に『荒れ野の誘惑』という箇所があるのを思い出しました。保護者の皆様はこの箇所を読まれてどんなことをお感じになられるでしょうか。

【マタイによる福音4章1節~11節】

さて、イエスは霊に導かれて荒れ野に行かれた。それは悪魔によって試みられるためであった。そして、四十日四十夜、断食したのち、飢えておられた。そのとき試みる者が近づき、イエスに、「もし、あなたが神の子なら、これらの石がパンになるように命じなさい」と言った。イエスは答えて、「『人はパンだけで生きるのではない。神の口から出るすべてのことばによって生きる』と書き記されている」と仰せになった。
 次に、悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の頂きに立たせて、言った。「もし、あなたが神の子なら、身を投げなさい。『神はあなたのために天使たちに命じ、あなたの足が石に打ちあたらないように、手であなたをささえさせる』と書き記されているからです」。イエスは仰せになった。「『あなたの神、主を試みてはならない』とも書き記されている」。
 また悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその華やかさとを見せて、イエスに言った。「もしあなたが、ひれ伏してわたしを拝むならば、これらのものを皆あなたにあげよう」。そこで、イエスは仰せになった。「サタンよ、退け。『あなたの神、主を拝み、ただ主のみに仕えよ』と書き記されている」。そこで、悪魔はイエスを離れた。すると天使たちがみもとに来てイエスに仕えた。

【小学校の校長室から】キリストの断食と節制 校長 山田 耕司

○ キリスト教会の暦の中で、「四旬節」と言うのがあります。キリストは宣教生活3年間の最後に十字架にかけられ死し3日後に復活します。この復活の日(イースター・今年は4月1日)に先立つ40日間を四旬節(旬は10日の意・今年は2月14日~3月31日)と言います。 古来からイースターは、教会ではクリスマスに勝る最大の祝日です。
キリストは洗礼者ヨハネからヨルダン川で洗礼を受けた後、40日間悪霊にひかれて荒野を彷徨います。この間キリストは節制のために40日間断食し祈り続けます。このことに由来して復活祭前の40日間断食をする習慣が生まれました。かつて教会に入信する多くの人は復活前夜に洗礼を受けました。その準備の期間として四旬節に節制した生活を送りました。これに倣って今でも信者は四旬節は一部断食をし節制した生活を送ります。

○ 教会は信徒に四旬節は「償いの期間」として特に節制をするように導きます。
 S社から再びロボット犬が売り出されました。自動車のロボット化競争が激しさを増しています。技術の発展と人間の欲望が相互に刺激し合いながら先へ先へと進む時代です。大量生産・大量消費そして大量廃棄のサイクル化がこの発展を支えています。

○ 人間がつくりだす技術や科学は発展しますが、その基盤である地球は発展することはありません。むしろ地球環境破壊は進みます。福島の原発事故の回復は期待できません。何十年経っても元の自然に戻ることはありません。「節制」。新版の広辞苑第七版によりますと、節制=①度をこさないようにほどよくすること。ひかえめにすること。②規律正しく、行動に節度があること。放縦に流れないように欲望を理性によって統御すること。とあります。カトリックの教会では、「節制の徳」を教えます。「節制の徳」は、快楽の誘惑を抑制させ、物を使用するときにはバランス感覚を働かせます。節度のない人は、衝動に支配されるままになり、度を越した欲望で他者を傷つけ、自分自身にも害を及ぼします。聖書の中の「節度」や「思慮分別」と言う言葉が「節制」を意味しています。

○ 福岡海星女子学院の設立母体「マリアの宣教者フランシスコ修道会」のSr.岡野真弓のお話です。
シスター岡野は内科医です。10年ほどパキスタンの病院で貧しい人々の医療に勤めておられました。修道会からパキスタンに派遣されるとき、持って行けるものは修道会の規則で20Kgのスーツケースと6Kgの手荷物だけでした。帰国するときには大きなダンボール箱数個に増えていました。悩みながら選び抜いたものをスーツケースに詰め込んでいるときに、「今、詰め込んでいるものさえ、なくてもいいのだ」と一条の光が射しました。その時感じた心の軽さは例えようもなく快かったそうです。
「10年の間、心身こめてやってきた病院の仕事も、知り合った人々も、この場を離れてしまえば遠くなる。もう会うこともないだろう。寂しくないと言えばうそになる。私なしで仕事が廻るのだろうか?などという心配はしなくていいのだ。私が来る前にも病院はあったし、これからも続いていくに違いないのだ。」
「結果は招いてくださった神様が知っているので、それでいい。」

○ 仕事に執着しない。業績にこだわらない。人との交流に執着しない。シスターが示す「節制」(清貧)の姿です。修道生活では「貞潔」「従順」と共に「清貧」の請願を立てます。これは単なる物質的な貧しさではなくて、心の貧しさ、神の前での謙虚さのことです。
そう言えば、小学校で勤められていたシスター島村もシスター入江校長もトランク1つで次の任地(北海道や東京)に向かわれました。
私もシスターに学びたいと思います。肉も多すぎると自分でコントロールできません。荷物も多すぎると運搬や管理整理に苦労します。人に執着しすぎると正義を失います。快い心の軽さを感じたいと願います。

【小学校の校長室から】ロザリオ祝福式 教頭  米倉 信彦

○1月9日(火)に第3学期始業式が行われました。校長先生は、年始のお話で子ども達に次のようなお話をしてくださいました。
イエス様がお生まれになって最初に会いに来たのは近くに住んでいる羊飼い達でした。その次に会いに来たのは、東方の3人の博士達です。海星小学校のクリスマス会で行われた聖劇では、羊飼い達のすぐ後に博士たちが訪問されたように演じられていましたが、聖書の中では、羊飼い達の訪問から何日も後に救い主(メシア)の星を頼りに苦労してイエス様を探して、見つけに来られたのです。皆さんは、いつ・どこで・どのようにしてイエス様を見つけるのでしょうね。
大変うれしいお知らせです。5年生の小川君兄妹とご家族の4人が、クリスマスの日に高宮教会で洗礼を受けられ、カトリックの信者になられました。この方たちは、イエス様を見つけられたのですね。

○始業式に引き続いて、ロザリオの祝福式が行われました。カトリック老司教会の夫津木昇神父様の司式で、みんなが作った2つのロザリオ(フランシスコホールとアシジハウスに取り付けます)を聖水で祝福して頂きました。
 神父様に祝福していただいたことにより、このロザリオの前でお祈りする人には、よりたくさんのお恵みが頂けるようになります。これから毎週月曜日に行われる全校朝礼でしっかりとお祈りをして、神さまからたくさんの祝福を頂きたいものですね。

○福岡県では、1月に入ってからインフルエンザの罹患者が増えてきているそうです。海星小学校でもちらほらとインフルエンザで欠席する児童が出始めました。今後、インフルエンザの本格的な流行が予想されますので、学校でもインフルエンザに罹らない、人にうつさないために手洗いやうがい(ごろごろうがい)の徹底を、咳が出るならマスクをする等の徹底を心がけ、感染の予防と拡大防止に努めていきたいと思います。どうぞご家庭でも、体調が悪い時は無理をせず、しっかり休養や睡眠・栄養をとるとか、手洗いうがいをこまめに行うなどのご協力をよろしくお願いいたします。

○11日から12日にかけて、九州北部地方にも猛烈な寒波がやってきて、日中の最高気温は2度ほどにしか上がらない厳しい冷え込みの日が続きました。雪は降りましたが、残念ながら積もるまでには至りませんでした。しかし、校舎の周りにはあちらこちらに「氷柱」がぶら下がりました。子ども達は元気です。寒風の中、頬を真っ赤にして外を走り回っているのです。これで、雪が積もれば雪だるまを作ったり雪合戦をしたりと大はしゃぎしていたことでしょうね。
 今から30年以上前、校庭に20cmぐらいの雪が積もった時がありました。若かった私(20代前半)は、子ども達と一緒に修道院(現セミナーハウス修道院)に下りていく坂道に周りの雪を集めてきて巨大な滑り台を作り、みんなで滑って遊んだことがありました。遊び終わった時にはみんなズボンはぐしょぐしょ、パンツまで濡れてしまいました。今となっては良い思い出です。いつか大雪が降ったら、挑戦してみたい遊びの一つです。その時は一緒に楽しみましょう!

【小学校の校長室から】新春のお慶びを申し上げます  校長 山田 耕司

○ カトリック教会では日本の元旦は「神の母聖マリア」の大祝日で家族で教会に参ります。神社の「初詣」にあたります。神様に今ここにあることに「感謝」をし、神様の導きに「希望」をもちます。「困難にあうときも、あなたの導きに信頼して歩み続けることができますように」と祈ります。

○ 数百枚届く年賀状の中に「家族写真」を発見します。子どもたちの成長には目を見張ります。この子達の生きる時代、100年も続く人生。彼らの生き続ける時代に適した適応した教育を今海星小学校は研究し実践しています。
お正月は家族が集まる季節です。娘や息子から孫たちの話を聴くのも楽しみの一つです。4人ともカトリックの小学校と幼稚園に通っています。通う幼稚園では2ヶ月に1回、担任の先生から長いお便りがきます。この2ヶ月間の成長の様子がそこに記されています。それを読み母親も自宅での様子を書きます。その記録は1年後1冊のノートになって返ってきます。「幼稚園と家庭で綴る○○ちゃんの育ち」流石モンテソーリ教育のディプロマ資格の教諭がそろっている幼稚園の取り組みと感心します。本校のポートフォリオ評価を取り入れた「みことば作文」の取り組みに類似しています。

○ ロボットと共生する時代が始まりました。40数年前私が担任をしていました頃は、5年生の社会科単元「自動車の生産」でトヨタや日産の本工場を見学するのが常でした。ロボットを使用した組み立てや塗装を見、説明者から「50年後には全ロボットによる生産時代が来るでしょう」と聞いたことが耳に残っています。「その時人間の役割はなんだろう」が子どもたちの疑問でした。コラムにある「労働や疲労の中に徳のようなものがあった」の言葉に注目してみましょう。経済的価値や経済効率の視点だけではなく、聖書にある「神はご自分にかたどって人を創造された」(創世記1・27)から見ることも必要です。労働を通して神の愛や神から与えられた使命に気づくことがあります。

○ 3学期がスタートしました。多くの6年生は中学受験にトライします。各ご家庭、本人の特性を生かした受験先が考えられており流石だなと感心しております。先生方は、4月からの新学習指導要領の課題2・3の新しい研究(3年計画)の準備に入りました。(課題1ActiveLearning は本年度終了) 1月の後半は新1年生の「一般入試」があります。皆様の口コミのお陰さまでここ数年志願者が増加しております。2月の学芸会の脚本も全学年決まり、準備が始まりました。(5年生は音楽) 特に6年生の宗教劇(創作)が今年も期待されます。
 苦労してこそ得られる達成感、下級生の役に立っていると手応え、この小さな積み重ねが子どもを育てて生きます。コラムが期待する「人」の存在を証していきます。皆様子どもたちの成長を楽しみながら、どうぞよいお年をお送りくださいませ。

【小学校の校長室から】本当のクリスマス 教頭 米倉信彦

○12月9日(土)に海星小学校の行事の中で最も大切な宗教行事の一つである『開校50周年記念クリスマス会』が行われました。
第1部「喜びの部」は、今年度から発足した聖歌隊による歌「やみに住む民は光をみた」で静かに始まり、聖歌を歌ったり、聖書のみ言葉を聴いたりして、5年生の演じる聖劇「本当のクリスマスプレゼント」へと続きました。
聖劇の後半で、子ども達が言います。

す ず:「クリスマスには、イエス様を思い出して、周りの人に優しくする日なのよ。」

カレン:「今までクリスマスは、プレゼントをもらう日だと思っていたけど、本当は自分からプレゼントをあげる日なんだね。」

すみれ:「いろんなプレゼントがあるけど、イエス様が一番喜ばれるのは、目には見えない『優しさ』だと思うよ。」

私たちは、どんな気持ちでクリスマスを迎えるとよいのかよく分かる劇となりました。
 その後、キャンドルサービスが行われました。舞台中央のイエス様の前にあるロウソクから6年生の代表が炎をいただき、聖劇を演じた5年生、各学年の児童、教職員、そしてクリスマス会に参加していただいたたくさんの保護者の方へと広がっていきました。ロウソクの炎を見つめながら、聖歌「しずけき」を歌って、一足早いイエス様のご降誕をお祝い致しました。
 次に、第2部「お祝いの部」では、各学年が海星小学校の待降節に入って取り組んできたイエス様をお迎えする心の準備をクリスマスツリーやリースなどにしてお祈りと共にお捧げしました。運営委員会からは、みんなに協力していただいた募金をお捧げ致しました。今回は、児童・保護者を合わせて140,000円が集まりました。この募金は、修道会を通してアフリカやアジアの恵まれない子ども達のために使っていただく予定です。たくさんのご協力感謝申し上げます。

○カトリックの教会では、12月3日(日)から待降節(アドベント)がスタートしました。待降節とは、救い主(メシア)のご誕生を待ち望み、救い主をお迎えするにあたり、色々な心の準備をする期間のことなのです。
 先日、私は用事があったので、バスで天神に出かけました。市役所前の公園では、「クリスマス・バザール」という看板が出されており、綺麗なクリスマスツリーやサンタクロースの人形がたくさん飾られていました。そこに建てられているテントでは、クリスマスのグッズ販売が行われていました。デパートやお店には「クリスマスセール」という張り紙が出されており、たくさんの人が買い物をしていました。こんな救い主のご誕生をお祝いの仕方もあるのですね。できれば、お祭り騒ぎに終わることなく、海星の皆さんのように市民の方にも、本当のクリスマスを知ってほしいと思いました。
 マルコによる福音書の中に次のような箇所があります。

そのとき、イエスは弟子たちに言われた。「気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。それは、ちょうど、家を後に旅に出る人が、僕たちに仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目を覚ましているようにと、言いつけておくようなものだ。だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰ってくるのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。主人が突然帰ってきて、あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。」                         
                                        【マルコ福音書13節33~37】
 私たちは、本当のクリスマスの意味を知ることができました。12月25日まで静かに心の準備をして救い主のお生まれになる日を待ちたいものです。裏面にミサの時間の案内を載せております。教会に足を運ばれるのもいいですね。