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  福岡海星女子学院高等学校 福岡海星女子学院附属小学校 福岡海星女子学院マリア幼稚園  

【小学校の校長室から】みんな神さまの子ども 教頭 米倉 信彦

○今年の夏休みはいかがお過ごしでしたでしょうか。「地の塩228号」でも書きましたが、健康第一、有意義な夏休みをお過ごしになられたこととでしょう。九州の各地で8月の平均気温が史上最高となったこともあり、私はエアコンを入れたまま寝ることが多かったように思います。
 しかし、9月半ばになりますと朝晩は少しづつ秋の気配が感じられるようになってきました。子ども達は23日に迫ったFSDに向けて力いっぱい練習に励んでおります。

○9月6日午前3時8分、北海道胆振地方中東部を震源とする大きな地震が発生し、厚真町では震度7、その他の多くの市町村でも震度4~6を観測しました。テレビでも報道されているように各地で土砂崩れや家屋の倒壊、液状化現象により大きな被害が発生しています。
 海星小学校に数年前まで勤めていらっしゃったマリアの宣教者フランシスコ修道会のシスター島村が北海道の札幌に隣接します北広島修道院におられます。修道院の場所が震源地に近いこともあり、心配で地震が起きた6日の午前中に連絡を取ろうとしましたが、まだネットワークの故障でつながりませんでした。
 しかし、夕方もう一度電話すると、北広島の修道院につながり、シスターから『停電がやっと解消しました。幸い水道が止まることはなかったので、それほど不便な状況ではありませんでした。みんな命には別条ないので安心してください。』という嬉しいお声を聞くことができました。海星の職員一同、胸をなでおろしました。

○私たちは、この世界のすべての人が、神さまの愛の中から生まれてきた「神さまの子ども」だと信じています。でも、どこに証拠があるのでしょう。一つだけ動かぬ証拠があります。神さまと私たちにはそっくりなところがあるのです。
 神さまは、とても優しい方で、苦しんでいる人を見た時に、放っておくことができません。自分のことは考えないで、苦しんでいる人を何とかたすけようとします。それは、聖書の中に出てくる九十九匹の羊を置いて、迷子になった一匹を助けに行く「よい羊飼い」の話(マタイ18,12-13)や、道端で倒れている知らない人を助けてあげた「よいサマリア人」の話(ルカ10,25-37)を読めばよく分かることです。
 私たちはどうでしょうか。例えば、目の前でお年寄りが転ばれたら、誰でも思わず助けの手を差し伸べるでしょう。貧しい難民の子ども達の話を聞けば、かわいそうだと思って、何かしてあげたくなるに違いあるません。7月に西日本を襲った未曾有の豪雨災害で広島・岡山を中心に各地で大きな被害が出た時も、4~6年生の運営委員会の皆さんが中心となり、みんなに募金をしようと呼びかけてくれました。短期間ではありましたが、たくさんの児童・保護者の皆様からたくさんの募金が集まりました。皆さんの心の中に、神さまと同じ「苦しんでいる人がいたら、放っておけない」という気持ちがあるのです。
 生まれながら誰もが持っているこの気持ちこそ、私たちが神さまの愛から生まれてきた「神さまの子ども」だという何よりの証拠です。私たちの心の中には、生まれながらに神さまの愛が刻み込まれているのです。神さまから受け継いだこの愛の心を大切に育てることで、私たちはますます「神さまの子」らしくなって、神さまを喜ばせることができるはずです。
 今回の北海道で起きた地震は『平成30年北海道胆振東部地震』と命名されました。亡くなった方もたくさんおられます。自宅が住めなくなくなり、避難所生活を余儀なくされている方もたくさんいらっしゃいます。決して大きなことは出来ませんが、困っている人のために私たちは何が出来るか考えてみたいものです。

【小学校の校長室から】わたしは命のパンである 校長 山田耕司

○ 長い夏休みが終わり子ども達の歓声が返ってきました。学校はいいものです。ガイアの森の木々の葉もその声にぴっと緊張しています。
 8月6日(広島の原爆投下の日)から8月15日(旧盆の中日・聖母マリアの被昇天の祝日)までの10日間は、日本のカトリック教会では「平和旬間」として、特に祈りの日々を送ります。今年は「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連資産」が世界文化遺産に登録されたこともあってさらに深い祈りとなりました。

○ 私はお盆休みを湯布院の湯布高原で過ごしました。気温27度は福岡に比べ大変涼しく感じます。見上げる夜空には赤い火星とアンタレス。そして天の川が見事です。こんなにも星屑を感じたのは30数年前に中米パナマのコンタドーラ島で見た夜空以来です。「あっ流れ星!」。遠く九重連山の山並みが濃く映ります。
 翌朝、長男と塚原高原にドライブに出かけました。開拓部落を通り広大な太陽光発電の現場を見て牧場へ。暑さのためか牛を一頭も見ることができません。
 「オニパン」の看板を発見しました。天然酵母使用、火・水・木休み、開店10時半とあります。陶器の小さな鬼のお面が門柱にちょこんと載っています。庭で家族ずれが喫茶をしています。からんからん戸を開けました。

○ オニのご主人は年輩のご婦人でした。工房で若い女性が二人働いています。次々に薫り高いパンが運ばれてきます。明日から長女の家族が合流しますので二日分の朝食用にと買い込みました。「おやおやお父さんが買出しですか。ご苦労様です」「どちらからお出でですか」。パン作りの様子を見たり会話を楽しんだりしました。

○ カトリックは「食の宗教」とも言われます。聖書の中には食事の場面が度々登場します。山上の説教での「5つのパンと2匹の魚」、水かめの水をキリストがワインに変える「カナの結婚式」、極めつけは「最後の晩餐」です。その記念は2000年後の今もミサ聖祭として毎日行われています。ミサはキリストと食卓を囲み、ぶどう酒とパン(種なしパン)を頂きます。 
 小麦がすりつぶされ、粉となり、こねられ、形作られ型にはめられ、焼かれて、パンは出来上がります。キリストは「わたしは命のパンである」(ヨハネ6-48)と言われました。イエスの言葉は、ご自分の命がすりつぶされ、粉となり、こねられ、型にはめられ、焼かれる覚悟の宣言です。ご自分の命を裂いて与えるという愛に生き抜くというイエスの意志の表明です。

○ カトリックの幼稚園に通う孫娘が、私が買い求めたパンの中から平たいパンを取り上げ「これ種なしパン」と娘に聞きました。その幼稚園のモンテッソーリ教育ではパン作りをしながら「キリストのミサ」の教えに触れるのだそうです。4歳児の中に確かにキリストが刻まれているんだと感じ、通園を勧めてよかったと思いました。

○ カトリックの福岡海星小学校では、このキリストの愛の教えに6年間通して触れることを大切にしております。6歳から12歳までの小さな子どもですが、その教えを一人ひとりにじっくりと刻みたいのです。そのことが、ひとりの人格を育み人生をたくましく生きる糧(規範意識の醸成)になると信じるからです。
 ご両親がそうであるように、人は、身をすりへらし、身を粉にして働き、焼かれるような痛みの中で生き、そうしてさらに、苦労して手に入れた糧を、裂いて、愛する者に差し出すのですから。ひとりの生き方によって、愛する者の輪は、わが子から家族へ、家族から隣人へ、隣人から他者へと広がっていきます。
 私達はこの夏、炎天下の被災地で汗を流す多くのボランティアの方に触れました。2歳の男児が救出されました。8月4日本校でもガイアの森・南運動場の整備が32名の保護者の方々によって行われました。10月の愛校バザーに向けての準備が後援会役員の方によって進められました。小6全国学力調査の結果が公表されました。子どもたち、応用力を身につけましょう。情報を整理して論理的に説明する力を身につけましょう。

【小学校の校長室から】西日本豪雨災害 教頭 米倉信彦

○先日6日から7日にかけて九州地方を含む11府県にかけて降り続いた記録的な豪雨(西日本豪雨)で、死者は157名、安否不明者の方は56人(7月11日現在)となりました。平成に入ってからでは最悪の被害を出しているそうです。
 『50年に1度の異常気象』を基準に発表される「大雨特別警報」が昨年の九州豪雨に続いて2年連続で発表されたことになり、異常気象というよりは日常の気象状態になりつつあるように思われます。
 「地球温暖化によって気温が上昇すると、海水の温度が上がり、大気中に流れ込む水分が増え、大雨になりやすい」と言われています。学校の近くの地域にも「避難指示」や「避難勧告」が出されていて、6日は3時完全下校となり、お迎えなどご協力いただきました。本当にありがとうございました。おかげさまで校内は大きな被害はありませんでしたが、保護者の皆様がお住まいの地区では被害が出ませんでしたでしょうか。
 9日(月)の全校朝礼では、被災された多くの方々が一日も早く元気を取り戻していけますようにと、亡くなられた方々のご冥福を校長先生をはじめ、全校児童でお祈りいたしました。
 また、児童会の運営委員会を中心にカトリック教会が計画しております募金活動に自分たちも協力しようと話し合い、本日(14日)から終業式(18日)まで1階のマリアロビーに募金箱を設置してみんなからの募金を集めるようにしています。この機会に自分が貯めていたお小遣いやジュースを買うのを我慢したお金など、心のこもった募金をすることで、困っている人のために何か力になってあげようとする心を育てていきたいと思います。なお、募金箱は「個人懇談」期間中も設置しておりますので、保護者の皆様も「個人懇談」でご来校の際には、ぜひご協力をお願いいたします。

○九州北部地方は7月9日に梅雨明けしました。いよいよ夏本番です。福岡は30度を超える真夏日に入り、連日うだるような暑さが続いています。
ガイアの森に入りますと、カブトムシやクワガタムシがクヌギの木にとまって樹液をすっています。
この写真は、ガイアの森の中で特に大きなクワガタが集まる秘密の場所で捕まえた6.4㎝のヒラタクワガタです。5年生はカブトムシを何匹も捕まえてきました。今年もガイアの森は昆虫の楽園となっているようです。
 18日は1学期の終業式が行われます。1学期のまとめは全て終了しましたか。すっきりとした気持ちで、夏休みを迎えたいものですね。

○夏休みは、健康維持・増進のため、またお仕事(手伝い)などをすることで、一層よき家族の一員であるという自覚を高めるためにもあります。また、旅行などで見聞を広め、視野を広くすることも出来るでしょう。何はともあれ、普段学校に通っている時と違って、自由に使える時間がタップリあるということです。ですから、最初に何をするのかしっかりと計画を立てることが大切になってきます。
 まずは、健康第一。休みだからといって一日中だらだらと過ごしたり、夜遅くまで起きていたりではいけません。毎日規則正しい生活をすることが大切です。また、暑いからと言って、一日中クーラーの中で過ごすのも考えものですね。
 次に、学年に応じて自主的な態度や計画的な実行力を形成するための練習を積むことが必要です。一学期に身の周りの片付けができなかった人、けじめがつかず、すぐ気を散らしてしまった人、漢字力や計算力の基礎がしっかりついていなかった人などは、この長い休みが絶好のチャンスです。自分の不足していた所を身につけるために、一生懸命取り組んで欲しいと思っています。
「明日からやろう」と39回言うと夏休みは終わります。
「いつやるの?」 「今でしょう!」

【小学校の校長室から】潜伏キリシタン遺産 祈りの集落 校長 山田耕司

○ 今月、日本の18番目の世界文化遺産に「長崎・天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の登録が見通されています。本校と大変強い関わりを持つ出来事ですのでご紹介いたします。
この世界遺産を辿るように本校の6年生修学旅行団が「福岡海星小学校のルーツを探る旅」として通ります。南島原市の「有馬キリシタン遺産記念館」・長崎市外海の「出津集落」・長崎市「浦上集落」と「大浦天主堂」・長崎市西坂の「日本二十六聖人記念館」・熊本市西区島崎「聖母の丘」が訪れる中心となります。そこに共通するのは有名なミレーの絵画「晩鐘」にある「労働と祈り」に生きる人々の姿と6年生との出会いです。

○ NHK特集「人類の誕生」を興味深く視聴しました。第2集は「人類でなぜホモ・サピエンスだけが生き残ったか」が内容でした。
ヨーロッパで先に南部アフリカを出発し進化したネアンデルタール人と後発のホモ・サピエンスが共存した時期があったそうです。またこの2人類は移動の過程で中東付近で交配した事跡が現在の私達のDNAに2%程度残っていることも分かっています。氷河期を生き抜いたネアンデルタール人は色白で頑強な体躯をしていました。家族単位で生活をしました。その生活を維持するためには大量の食糧を必要としました。
 一方、ホモ・サピエンスは、群れ(後に集落に発展します)をつくり生活しました。群れを維持するために「原始宗教」を生みました。弱い立場(老人・幼児・病者・母子家庭)の仲間と共に生活することができました。アルタミラやラスコーの壁画にその痕跡を見ることができます。共同体生活を基本としたのです。集団狩猟も可能にしました。また、細身の体躯は摂取食糧のエコにも役立ちました。

○ 外海の「出津集落」は荒地と原野の外海地方は貧困にあえいでいました。江戸時代、大村藩と五島藩の提携により18世紀末に大量の開拓民を五島に移住させています。それ以前から、平戸方面の離島に密かに逃亡離散する人々が跡を絶ちませんでした。移住した人々の支えは「キリスト教の信仰」でした。最初に皆が集う「祈りの場」(後の教会堂)を求めました。今回世界遺産に指定された平戸地方の「黒島集落」、五島列島の「野崎島集落」「頭ヶ島集落」「江上集落」「久賀島集落」がその移住先に当たります。

○ 移住を許された土地は辺境の荒地・原野でした。雑木を切り岩石を取り除き、鍬1本で畑地を開墾しました。水利にも交易にも恵まれませんでした。
 明治になり「キリスト教禁教令」が解け、信仰の自由は欧米列強の明治政府への圧力によって与えられましたが、キリシタン(カトリック教会に帰ってきた信徒)の人々の生活困窮は続きました。フランスやスペイン・イタリアからやってきた宣教師(神父)の重要な仕事は「キリストの教え」を確かに伝え広めると共に、人々の生活基盤つくりでした。「出津集落」で生活改善に尽くしたド・ロ神父の活動は有名です。「浦上集落」では長崎に住む外国人の需要に合わせた新しい仕事を信徒に身につけさせました。牧畜・養鶏・肉屋・牛乳屋・パン屋・ハウスキーパー等です。

○ 世帯を持ちたい「出津集落」「浦上集落」等の次男・三男は移住を余儀なくされました。初期は九州各地の開墾地に移りました。福岡市の茶山・行橋市の新田原・熊本市の島崎・佐賀県の呼子等がそれです。
 熊本の島崎(琵琶崎)の中尾丸開墾地では、コール神父がマリアの宣教者フランシスコ修道会の5人のフランス人シスターとハンセン病者の治療療養に携わっていました。「浦上集落」の世話人高木仙右衛門の一族がこの地に移住し、農業から石材会社・タクシー会社を起業し私達の修道会の最大の支援者として尽力します。高木家は私達の学院との関わりも深く、50周年記念事業では「ルルドの聖母」を建立していただきました。
 人類ホモ・サピエンスは「祈り」と共にこの地球上で繁栄してきました。今こそ、その歩みを振り返り、よりよく生きることのあり方が求められます。

【小学校の校長室から】神の声 教頭 米倉信彦

○今年の九州北部地方の梅雨入りは昨年より20日以上早い5月28日でした。台風も発生しましたが、平年並みの雨量があるだろうという予報です。

○さて、「地の塩224号」にも書きました今から40年以上前の私が子どもの頃のお話の続きです。
 6年生になった私は、夏休みに父と一緒に広島県の西部にある三段峡を廻る2泊3日のサイクリングに出かけました。昼過ぎにたくさん汗をかいた私は、父と一緒に三段峡の近くの深い淵で汗を流すために泳ぐことにしました。山の中にある川の水は、プールと違い大変冷たく、とても気持ち良いものでした。淵の端には大きな岩が重なり岩の隙間から川下に大量の水が流れ落ちている場所がありました。泳ぎの得意だった私は、その隙間に足を入れて滑り落ちる準備をしていました。
 その時、心の中に『そこから滑り落ちるのは、危ないからやめなさい。』という声が聞こえたのです。私はすぐにその場所から離れ、水から上がりました。川の上から見ると、私が滑り落ちようとしていた場所は、大きな石がいくつも重なり、とても滑り下りたり泳いだりできる場所ではないことが分かりました。何十年も経ってから、あの時に聞こえてきた声が『神の声』だったのではないかと思うようになりました。保護者の皆様も、何か心の中に声が聞こえてきて、助けられたり教えられたりした経験はありませんか。

○5年生は、うきは市の農村で6月6日から8日までの間「農村宿泊体験」を行ってきました。うきは市にお住いの12世帯の方々のお家に2泊3日ほどホームステイをさせて頂き、そこで色々な活動を行います。今回は、初日に雨に降られて野外で行うジャガイモなどの「野菜収穫体験」ができませんでしたが、「森林セラピー体験」「バーベキュー」「そうめん流し」『陶芸体験」「ポプリ作り体験」「ハンモック体験」など普段の生活ではあまりできないようなことをたっぷり経験することができました。
2日目の夜には、蛍の乱舞も見ることができました。
 学校に帰校した5年生の子ども達の顔はとても充実し、満足した顔をしていました。きっとそれぞれの子ども達は3日間で新たな自分に出会い、各自の課題を少しずつでも克服してこれたのではないでしょうか。この貴重な経験が子ども達のさらなる自立の一歩となってくれることを願っています。
【子どもの感想】
(T児)  「農泊の中で一番楽しかったのは、森林セラピーでした。理由は、普段あまり見ることがない自然の姿をじっくりと観察し、カエルやイモリ、カニなどを見つけたり、植物を触ってみたりすることができたので、とても楽しかったです。」
(Y児)  「今回うきは市でお世話になった家族との出会いは、私の心の中にずっと残るものとなりました。出会った最初はとても緊張してドキドキしていました。でも、お話をたくさんしたり、一緒に過ごしたりしていたら、だんだんとうきは市の家族が本当の自分の家族のような気分になってきました。また、私が今までに体験したことがない面白い遊びを教えてくださったので、とても嬉しかったです。この3日間はとてもよい思い出になりました。」

 来年は現在の4年生がうきは市に行く番です。どうぞ楽しみにしていてください。