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【高校-学校長より生徒へのメッセージ】目標を目指して  2月10日

「目標を目指して」~期末考査を前に~
                       教頭 鶴田葉月
おはようございます。
先ほどのお祈りでもありましたが、この頃、ルルドの庭の紅梅は、本当にいい香りを漂わせています。中庭ではツバキに、メジロが集まってきて、茂みの中でチョロチョロ飛び回るようすも見られるようになってきました。昨日は学校の玄関に、お雛様も飾りました。さまざまな春の訪れ、海星ならではの景色を、皆さんも、ぜひ味わってください。

さて、明後日からは、期末考査が始まります。ちょうど今の皆さんにぴったりのみ言葉が聖書にありますので、お伝えしたいと思います。それは、フィリピの信徒への手紙3章12-14、

なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。

という箇所です。

勉強というのは、本気で頑張れば頑張るほど、学習が足りていないことに気づいたり、間に合わなくて不安になったりするものです。
ただ、それこそが学びのだいご味であって、その苦しみを乗り越えた時、次は間に合うように工夫したくなる、あるいはもっと本格的に勉強したくなるということも多いものです。
今、具体的には期末考査のための勉強ですが、それが、あなたにどう作用して、将来をどう広げてくれるか、わかりません。だから、与えられたこの時を大切にして、緊張するけれども、前を向いてとにかく頑張るのですよ。

ところで、私もまた、早くこの期末考査が無事終わってほしいと願っています。というのも、考査期間中はB型掃除ですが、考査が終わって、一斉掃除に戻るからです。私は、2月から新しく変わった掃除場所で、1年生・2年生と一緒に掃除しています。3年生が自宅学習期間で、いないので、人数が少なく、大変なのですが、担当の生徒たちが、時間になると素早く掃除区域に集まって、時間いっぱいよく活動してくれるので、一緒に掃除するのが楽しみなのです。

明日の建国記念の日が一日、勉強に使えるのはうれしいですね。計画的に、集中して頑張ってください。応援しています。

【高校-学校長より生徒へのメッセージ】人生は実技  

「人生は実技」      教頭  鶴田葉月  1月20日
3学期が始まると、令和2年度も残り少なくなってきたと感じます。そして、入試や、学期末の試験を通して、計画的に勉強してきた成果を試す機会には、自然と次の一年を意識するのです。
そんな中で、自分では頑張っているつもりでもなかなかうまく行かないことにぶつかったとき、ふっと、この状態を変えるために、努力を続けるのはもう止めて、別の道を進んでみようか。そういう思いが、心をよぎるということは、誰もが経験することです。
もし、皆さんが、ちょうどそういう迷いの時期にいるなら、私がまず申し上げたいのは、「これまで頑張ってきたことを、諦めるにはまだ早いから、いっしょに、もう少し頑張ってみましょう。」ということです。苦しい時には、もっと、楽で面白い道や効果的な方法があるような気がしますね。隣の芝生はとかく青く見えるものだから。
でも、人生は実技ですから、例えば人の成功談や表面上の華々しさを見聞きするだけでは、自分には何も身に付きません。勉強でも部活でも進路でも人間関係でも、自分自身で粘り強くチャレンジしてみて、うまく行かなかったら、少しやり方を変えてまたチャレンジする。迷う今こそ、あきらめずに目の前の目標を一つずつ乗り越えてみることです。
そして、その努力は、ぜひ、静かに、自分と向き合い、じっくり考えて工夫しながら進めてください。
と言うのも、私たちは、本当に大切なことは、信頼できる人だけに、誰もいないところで、こっそりと、小さな声で、「あのね、実は…」と話すものです。多くの人が集まる騒がしいところでは話さないでしょう?逆にスポーツの応援や、ライブなどで思いっきり大声を張り上げている時には、何もかも忘れてしまいます。ということは、私たちが、自分の人生や世界についての大切なことを考えたり語ったりするときは、落ち着いた気持ちで、密やかな声で話さなくてはならないということです。
進路や進級について考えなくてはならない今は、しーんとした気持ちが大切。迷っているその時は、ぜひ、一人でじっくり考え、勉強してみましょう。
さて、先週、本校の大学入学共通テストの激励会で、校長先生が引用された武者小路実篤の、「もう一息」という詩が、とても印象に残ったので、ご紹介します。

もう一息
もう一息という処でくたばっては
何事もものにならない
もう一息
それにうちかってもう一息
それにも打ち克って
もう一息
もう一息
もうだめだ
それをもう一息
勝利は大変だ
だがもう一息

…どうですか?いいでしょう。勉強の時、部活動の時、…苦しくても、頑張らなくてはいけないときに、どうぞ思い出してください。今日もコロナ感染に気をつけ、実りの多い一日にしてください。

【高校-学校長より生徒へのメッセージ】「野のゆり」10月14日

「野のゆり」10月14日 放送朝礼
                   教頭  鶴田 葉月
皆さん、お早うございます。この頃はいよいよ涼しく、過ごしやすくなって、夜は、虫の音もきれいです。
さて、中間考査は、手元に返却されましたか?ここは絶対出題されるだろうという予想が当たったか、当てが外れたか…。いずれにしても、準備しただけの結果が出ていることと思います。

私も自分の高校時代・中学時代を思い出します。目標を決め、計画を立てて勉強に取り組み、分からないところは友人に教えてもらうなどして、試験当日を迎えていました。
苦手を苦手で終わらせない、向上心や探究心は、学生時代に最も養われる、…もし試験というものがなかったら、好きな科目の得意な分野だけ興味を持って一生懸命勉強し、苦手な科目は疎かになって、知識が浅く、視野も狭く、学ぶ喜びも味わえない人生になってしまう…と、今でこそ、私たち大人は、理解できますが、当時は定期考査も模擬試験も、もちろん入試も、緊張したし、本当に苦しかった。
試験中は、源氏物語の葵の巻で六条の御息所がそうしたように、幽体離脱し、そして自由に教室内を行き来して、スラスラ問題を解いている人の答案を覗くことができたら…と未熟でくだらない空想をしてみたこともありました。

そして、試験が終われば終わったで、今度は別の不安がわいてきます。本当に大丈夫なのか?苦手科目を、進級・卒業できるくらいには克服できるのか?好きで得意な分野でも、趣味程度でなく、将来、食べていけるくらいに本当に上達するのか?理想はあっても、思い通りに行かない場合の方が多いのでは?と。
…大丈夫、信じて努力を怠らず進めば、実現します。
神様は、私たちのことを心にとめて、一人ひとりの熱意と努力を見てくださり、一番良い結果に導いてくださるからです。聖書の一節をご紹介します。マタイによる福音書6章26節~30節です。

野のゆりがどのように育つかをよく見なさい。ほねおることも、紡(つむ)ぐこともしない。あなたがたに言っておく。栄華(えいが)をきわめたソロモン王でさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草をさえ、神はこのように装ってくださるのだから、ましてあなたがたに対しては、なおさらのことではないか。

今、迷い、悩んでいる人たちも、信じて努力を重ねるうちに、自分が神様の不思議な摂理に守られていることに気づき、自信をもって進んでいけますように。今日も良い一日を送ってください。

【高校-学校長より生徒へのメッセージ】「出会いを大切に」8月26日

「出会いを大切に」~放送朝礼~
                    教頭 鶴田 葉月

新型コロナウイルス感染症拡大のために落ち着かない毎日を過ごし、そうこうするうちに短い夏休みも終わってしまいました。このようなときだからこそ、私たちは、出会いということについて考える機会が増えた気がします。今の自分があるのは、いつ、どんなこと、あるいは誰と出会ったからなのだろう、と。皆さんも、出会いについて、いっしょに考えてみませんか。

私自身は新しいものに出会ったとき、だいたいどんなものでも理解して受け入れてみるほうです。自分ができないことを簡単にやってのける人に出会うと、驚いて、感心します。例えば、同僚がグラフや岩石や歴史上の人物について熱心に語るのを聞くようなとき。あるいは私の息子が小学生のころ、近所の林でとってきたカブトムシの幼虫が、夜中に何匹もふ化して家じゅうを飛び回ったとき。

逆に、私が面白いと思う分野、つまり例えば、まつ毛のまつ?まぶたのぶたの正体を知った時のワクワク感、それについて語ってみても、どうも周りの人にうまく伝わっていない気がする…、そんなとき、それぞれ人は興味のある分野、大切に思う世界が違うのだと納得します。

自分が何かを面白いと思うのと同じように、他の誰かもそれぞれが大切に思うものを持っている。自分が毎日を楽しみたい、と思うのと同じように、他の誰かもその人の大切な人生を生きている。そのことに思いが至るようになると、出会った相手を大切にすることができるようになります。そして自分がしてほしいことを相手にもできるようになります。

聖書では、テサロニケの信徒への第一の手紙 5章14節~18節 には、こう書いてあります。
気落ちしている者たちを励ましなさい。弱い者たちを助けなさい。すべての人たちに対して忍耐強く接しなさい。だれも、悪をもって悪に報いることのないように気をつけなさい。お互いの間でも、すべての人に対しても、いつも善を行うよう努めなさい。いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。

現代は競争の社会で相手を蹴落とす機会が身近にあるし、時には面と向かわなくても悪口を広め、誰かを攻撃することができます。でも、同じことなら、周りの人に対しては優しく、思いやりを持って接したほうが、気分がいい。自分が悪かった、と分かった時にはふてくされたり開き直ったりするよりも、後悔し、反省して再出発するほうがさっぱりして潔いでしょう。
4月からの学校生活を振り返ってみて、皆さんが、クラスの友だち、部活動や委員会の仲間、授業で教わる先生方との出会いを大切にできていることを心から願っています。授業や係の仕事、部活動で、皆さんの良さが、今日も大いに発揮されますように。

【高校-学校長より生徒へのメッセージ】「すべての努力とその結果は人生の糧になる」6月17日

   「すべての努力とその結果は人生の糧になる」  ~考査前に~
                            教頭 鶴田 葉月
中間考査が近いので、今みなさんはきっと、勉強が一番、気になるところでしょう。今朝は努力と結果ということに関連してお話ししようと思います。

例えば、分かりやすく、受験、部活動での大事な試合、友人関係などについて考えるとき、「自分の努力が結果を左右する。」あるいは「競争に勝った負けたという、その点に私の存在価値はある。」…という考え方は、私たちにとってなじみが深いものです。

一方で、ラッキーな巡りあわせでうれしい結果になったり、あるいは逆に運が悪くて悔しい結果になったりした、と感じた経験も、多くの人が持っているはずです。つまり、「自分なりに努力したことは間違いないけれど、何もかもが自分の力によるというわけではなかった。」とか「この結果には、不思議な力が働いているかも。」と感じた経験。

そして、そのような経験をした人は、後で振り返って、あの時は、あのような結果でよかったんだ、だからこそ、今の幸せがあるんだと気づくことができます。

さて、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で勉強にも外出も不自由な時期を過ごしてきた皆さん。心身とも、ぎりぎりの毎日で、モヤモヤした、一言では表現できないつらさを味わい、これ以上は、もう無理…という時期をよく乗り越えました。そんな日々さえ、後の人生でどんなに大きな力になるか。

キリスト教学校で学ぶ生徒は、問題が起きたときにそれから逃避したり、他のことで紛らしたりするのでなく、問題を直視し根本的な解決をする訓練ができる、と北陸学院大学の前学長、町田健一先生がおっしゃっています。確かに、海星の生徒も教師も、問題に向き合うその時その時を本当に大切に努力します。そして、そこで出た結果についてはいつまでもくよくよ後悔はしないし、勉強や仕事でも、人間関係でも、自分をなくしてしまうほどの憎しみや挫折感とは無縁です。

その時を精一杯がんばって、失敗したとしても、それが今後の人生の糧になることを知っているのです。つまり、いいことも悪いことも次のステップへとつなげる技を持っている。神様は、私にも一番いい道を用意して下さる。だから私たちは何でも乗り越えられます。

あさってからの中間考査、久しぶりで緊張しますが、不安に思わず、全力を尽くしてがんばりましょう。